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昨年ずっと菅氏は安倍官邸のコロナ対策から遠ざけられていた!

喧嘩の流儀

 新型コロナ対応への批判が高まり、各種の世論調査で菅内閣の支持率が下がる一方だ。1月25日(2021年)朝刊に掲載された朝日新聞の世論調査でも、支持率は、発足直後の昨年9月は65%と高かったが、33%まで下がり、不支持率は45%に増えて支持を上回った。

 本書『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』(新潮社)は、読売新聞政治部が生々しい肉声を積み上げて、寡黙な菅首相の実像に迫ったドキュメントである。

 「世間の風は怖い」と思った。わずか1カ月前に出た本だが、色褪せて見えてしまうのだ。「取り上げるのが遅い」と言われればそれまでだが、年末年始をはさみ、ここまで急速に菅政権への評価が変わるとは、誰もが予想していなかっただろう。

 タイトルの主人公は菅氏であり、この1年半の動向に絞って、政権誕生までの過程が書かれている。しかし、まったく違う読み方をすることも可能だ。2020年、末期の安倍政権が、どうコロナに対応し、緊急事態宣言や10万円の一律支給などの政策が形成されたのかがつぶさに描かれているからだ。

 すでにポスト菅が公然と語られるようになった今、本書をその視点から読む方が有益だろう。

安倍政権内部での激しい権力闘争

 本書の構成を書いておこう。章タイトルに、読売新聞の菅政権への期待がにじみ出ている。

 第1章 「俺は作る方。ぶち壊すのは河野」――新政権発足
 第2章 「菅さんからけんかを売られた」――「令和おじさん」への逆風
 第3章 「やるなら真っ正面から来い」――新型コロナウイルス襲来
 第4章 「安定しない政権は支持されない」――緊急事態宣言発令
 第5章 「菅さんは目力が強くなった」¬――8年ぶりの新総裁

 2020年9月16日の菅政権発足の様子から始まる。就任の記者会見では、新型コロナウイルスへの取り組みに始まり、行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義、これらを打ち破り、規制改革を進めるという「菅カラー」をにじませた。

 コロナ対策では安倍政権の取り組みを継承すると語ったが、それが今日、危機的な状況を招くとは思いもしなかっただろう。

 本書を通して読んで浮かび上がるのが、安倍政権内部での権力闘争である。週刊誌などで断片的に書かれてきたことだが、こうして一連のドキュメントで読むと、その激しさが伝わってくる。

 外交、安全保障政策は安倍首相、危機管理や内政は菅官房長官(当時)と自然に棲み分けていた関係は、19年4月1日の新元号「令和」の発表から、「共生」のバランスが変わった、と書いている。

 新元号を発表した菅氏は「令和おじさん」と呼ばれ、「時の人」になった。さらに5月の訪米でペンス副大統領や要人と会談、存在感を示した。

 側近のこんな回想を紹介している。

 「首相周辺からすれば、あの訪米で菅さんから『けんかを売られた』と感じたんだろう」

 そして菅がポスト安倍としてもてはやされると、安倍の懐刀として絶大な信頼を受けていた今井尚哉首相秘書官兼補佐官とのせめぎ合いが激しくなった。

コロナ対策を仕切ったのは今井首相秘書官兼補佐官

 20年1月、中国・武漢市が新型コロナウイルスで都市封鎖された際、邦人帰国のオペレーションを指揮したのは今井氏だった。菅氏はほとんど出る幕がなかった。

 昨年、政府の新型コロナ対応がもたついたのは、厚労省の機能不全が一因だったと多くの関係者が口をそろえている、と書いている。新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を使えば、強制収容などが可能だった。しかし、厚労省が「新感染症」に指定するのに難色を示し、特措法の改正は遅れた。

 新型コロナウイルス対策を取り仕切ったのは今井氏だった。こんな愚痴をこぼしたと書いている。

 「最近、総理は政策判断を俺にばかり委ねるんだよ」

 2月27日、安倍首相が全国の小中学校、高校などの一斉休校を決めた。進言したのは今井氏だった。その場に菅氏はいなかった。

 一斉休校、アベノマスク、現金給付の方針転換、緊急事態宣言の全国拡大。「これらはいずれも安倍とその側近が菅抜きで進め、その多くが結果的に官邸の求心力低下をもたらした」。

 その結果、菅氏が息を吹き返したという。軽症者の宿泊療養施設の確保にホテルチェーンを活用することは菅が動いて実現した。また、医療物資の緊急配布にも力を発揮した。

 コロナウイルスは誰の味方でも敵でもない。しかし、時の為政者はそうした緊急事態への対応の成否において、審判を下される。首相になった菅氏も「Go To トラベル」を推進したことの責任を今問われている。その舞台裏も詳しく書いている。

 政治記者たちは、現在の感染対策についても、政策形成の過程を日夜取材しているだろう。だが、こうしてドキュメントにまとめるのは以前より難しくなると思われる。なぜなら、本書では誰と誰が「会食」したかが、幾度も重要なポイントとなっている。会食自粛の折、政策形成は「電話」でされ、より「潜行」するのだろうか? コロナは政治取材の方法にも影響を与えそうだ。

 BOOKウォッチでは、『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』(講談社文庫)、『長期政権のあと』(祥伝社新書)を紹介済みだ。

  • 書名 喧嘩の流儀
  • サブタイトル菅義偉、知られざる履歴書
  • 監修・編集・著者名読売新聞政治部 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2020年12月15日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・223ページ
  • ISBN9784103390190

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