本を知る。本で知る。

35歳の婚活・妊活。女同士の「見えない差別」は越えられる?

踊る彼女のシルエット

 結婚、妊娠、出産......人生のステージが変わるたび揺さぶられる女の友情。未婚と既婚、出産経験の有無、仕事の有無などの違いから疎遠になる。これは女同士の間でよくあることかもしれない。

 柚木麻子さんの著書『踊る彼女のシルエット』(双葉文庫)は、社会のルールやモノサシといった「見えない差別」に光を当て、リアルな女の友情を描いた長編小説。

 本作は、2018年4月に単行本として刊行された『デートクレンジング』(祥伝社)を改題し、加筆修正したもの。文庫化にあたり、ジェーン・スーさんが解説を担当している。

 「生の欲望を肯定し、且つ、(中略)新しい人間関係の紡ぎ方を提示する本作は、読み手を縛る鎖を、なにかひとつは必ず切ってくれるだろう」

「もう、私には時間があんまりないんだよね」

 柚木さんは、女同士の関係の「極北」を描いた『ナイルパーチの女子会』(2015年、文藝春秋)をはじめ、これまでさまざまな女同士を描いてきた。本書では、「見えない差別」に縛られている女たちの心理描写がかなり緻密である。

 「もう、私には時間があんまりないんだよね」
 「だって、もう三十五歳なんだよ」
 「さっちゃんはいいよ。安住の地を見つけてるもん」

 義母が営む喫茶店を手伝う佐知子。芸能事務所でマネージャーをする実花。2人が出会ってから16年になる。実花は「好きなことに一生邁進するタイプ」に見え、情熱的で魅力的な、佐知子の自慢の親友だった。

 ところが、実花が生み育てたアイドルグループが解散したことをきっかけに、実花は突然「私、もう本気で結婚したいの」と言い出したのである。

 佐知子が結婚したのは5年前。夫との出会いは社員食堂。佐知子はそこで栄養士として働いていた。結婚2年目で、産婦人科で「子供が出来にくい体質」と診断された。ゆっくり妊活するつもりで退職したが、週5日は店に立っている。夫とは、店から徒歩3分の、35年ローンを組んで購入した中古マンションに住んでいる。義母と、夫との関係も良好だ。

 「それなのに、ここを安住の地、と決めつけられるのには、少しひっかかりを覚えた。(中略)お前はもうここからどこにもいけない、というニュアンスが含まれているように感じられた」

正体不明のプレッシャー

 実花はかつて、アイドルに憧れ、目指していた。そしてライブ通いに青春を捧げていた。実花に誘われ、佐知子もアイドルのライブに行ったことがある。しかし、佐知子が見とれていたのはアイドルではなく、実花だった。

 「たぶん、あの日、彼女は身をもって教えてくれたのだ。感情に従って何かに心ゆくまでのめりこむことが、理不尽な世の中に対抗する唯一の手段なのだ、と」

 35歳になった今、のめりこめることには出会えていない。それでも、いつも好きなことに全力投球している実花のそばにいれば、佐知子の心の一部は満たされた。結局、佐知子のアイドルは実花だったのである。

 その実花が「私も落ち着きたい」と言う。実花と結婚。考えてもいなかった組み合わせに、佐知子はぎょっとする。実花は婚活。佐知子は妊活。2人に共通する問題とは......

 「正体不明のプレッシャーを最近、いつも感じている。実花も同じなのではないか。(中略)ただ単に、慌てなければならないという外圧に押されているだけだ。それは一体、誰の手によるものだろうか」

見えない差別に負けたくない

 「もう、私には時間があんまりないんだよね」と実花が言い出した時から始まったこのモヤモヤを、佐知子は夫に告白した。そこで夫が口にしたことを、佐知子は「この先、一生忘れないだろう」と思った。

 「ざっくり言うと、見えない差別に負けたくないってことだろ。独身の親友が差別されているのを見るのが嫌だし、既婚者の自分も差別されたくないし、する側に回りたくもないんだろ。そんなの関係なく実花ちゃんとずっと友達でいたいってことだろ」

 女は環境が変われば、これまでの友達をあきらめなければいけないのか。女の友情は「環境が似たもの同士」でなければ成立しないのか。

 「自分と実花(中略)。その絆を引き裂こうとしているものは、一体なんなのだろう。わかっているのは、それぞれの内側から溢れ出たどす黒い何かが邪魔しているわけでは、絶対にないということだけだ」

 ジェーン・スーさんは解説で「なにより『友情はアップデートできる』こと(中略)は可能だと知らしめることに、私は本作の意義を見出す」と書いている。

 会えなくなってしまった友達がいる。「見えない差別」から解放されたい。本書は、多くの女性が経験しているであろうモヤモヤを代弁し、それを吹き飛ばしてくれる作品。


■柚木麻子さんプロフィール

 1981年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」で第88回オール讀物新人賞を受賞。受賞作を含む連作短編集『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞。「アッコちゃん」シリーズほか、『さらさら流る』『早稲女、女、男』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、著書多数。




 


  • 書名 踊る彼女のシルエット
  • 監修・編集・著者名柚木 麻子 著
  • 出版社名双葉社
  • 出版年月日2021年4月18日
  • 定価693円(税込)
  • 判型・ページ数A6判・256ページ
  • ISBN9784575524598

小説の一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?