第1回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞した島本理生さんの『2020年の恋人たち』(中央公論新社)。女の煩悶と決断を描いた、直木賞受賞後初の長篇だ。
■『2020年の恋人たち』あらすじ(中央公論新社特設ページより)
ワインバーを営んでいた母が、突然の事故死。落ち着く間もなく、店を継ぐかどうか、前原葵は選択を迫られる。同棲しているのに会話がない恋人の港、母の店の常連客だった幸村、店を手伝ってもらうことになった松尾、試飲会で知り合った瀬名、そして......。
楽しいときもあった。助けられたことも。だけどもう、いらない。めまぐるしく動く日常と関係性のなかで、葵が選んだものと選ばなかったもの――。
ここでは、物語のはじまりを少し紹介しよう。
2018年春。その晩、葵はバーで母を待っていた。窓ガラス越しに、落雷の中の東京タワーを見ていた。母の到着が遅いことが気にかかり、スマートフォンを見る。そこで母が事故で心肺停止と知らされる。明け方に母は息を引き取った――。
葵と母は、特別に仲が良かったわけではない。母の近況を教えてくれるのは、葵が高校生のときから母のワインバーに通う幸村の役目だった。
葵が成人式を迎えたばかりの雪の深い夜、幸村がタクシーで送っていくと言った。暗い車内で、酔った葵は饒舌になりながら、幸村が眼鏡越しにこちらをじっと見ていることに気付く。指輪のない幸村の左手が、探るように葵の指を掴んだ。
「絡んだ指の熱と異様な湿度を、十数年経った今でもはっきりと覚えている。そして彼は打ち明けたのだ。私も知らなかった秘密の話を」
怯えて逃げるようにタクシーを止めて降りようとした葵の背中に、幸村は絞り出すような声で訴えかけた。「ずっと、葵ちゃんのことが好きだった。君が大人になるまで待ってた」――。
そして32歳の葵は今、恋人の港と同棲している。部屋から出ない、会話は置き手紙、母の葬儀にも来ない。港はそんな男だった。
本作は「婦人公論」で1年7ヶ月(2017年6月から2019年1月)にわたり連載されたもの。ほぼ同じ歳月をかけて全面的に書き直したというから驚く。
島本さんは「小説丸」(小学館の小説ポータルサイト)のインタビューで、「最初はもっと恋愛至上主義」だったが、コロナがやって来たこともあり、「ラストの方向性がまるっきり変わっていきました」と語っている。
文藝春秋発行の小説誌「オール讀物」では、大人がじっくり読める質の高い恋愛小説を発掘し、読者にひろく届けることを目的として「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を創設した。
2020年10月1日から2021年9月30日に刊行された単行本の中から、北上次郎さん(文芸評論家)、瀧井朝世さん(ライター)、吉田伸子さん(書評家)の推薦をもとに候補作5作を決定。
■第1回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」候補作
窪美澄さん『ははのれんあい』(角川書店)
佐々木愛さん『料理なんて愛なんて』(文藝春秋)
島本理生さん『2020年の恋人たち』(中央公論新社)
吉川トリコさん『余命一年、男をかう』(講談社)
綿矢りささん『オーラの発表会』(集英社)
本年度の選考委員は、川俣めぐみさん(紀伊國屋書店横浜店)、大塚真祐子さん(三省堂書店成城店)、山本亮さん(大盛堂書店)、加藤ルカさん(有隣堂横浜駅西口店)、花田菜々子さん(HMV&BOOKS日比谷コテージ店)が務めた。選考の詳細は「オール讀物」2月号(1月21日発売)に掲載される。
■島本理生さん受賞コメント
私が東京で生まれ育ったこともあり、いつか東京を舞台にした男女の出会いを書きたいと思っていました。実際に執筆する中で、これは主人公が恋愛を通して生き方を振り返り、もう必要ないものを手放していく物語だと気づきました。
これまでの作品の中で一番、改稿に苦労した小説だったので、今回の受賞の知らせはとても嬉しかったです。最終的に、多くの若い女性にとっての恋愛の縮図のような小説になったのではないかと感じています。
島本さんの作品を読むたびに、1行1行が醸し出す独特の雰囲気にとにかく魅了される。大人がじっくり読める質の高い恋愛小説を、ぜひ堪能してほしい。
■島本理生さんプロフィール
1983年東京都生まれ。2001年『シルエット』で第44回群像新人文学賞優秀作、03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞、15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞、18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞。主な著書に『ナラタージュ』『あられもない祈り』『夏の裁断』『夜 は お し ま い』『星のように離れて雨のように散った』など。
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