今年3月7日、英誌『エコノミスト』では先進国を中心とする29カ国を対象に、「女性の働きやすさ」を指標化した2021年のランキングを発表。首位は2年連続でスウェーデン、上位4カ国を北欧諸国が占めた。一方、日本はワースト2位の28位、最下位は韓国で、いずれも6年連続で変わらない。同誌は日韓両国について「女性がいまだに家庭と仕事のどちらかを選ばなければならない」という状況を指摘しており、なんともやるせない気持ちになった。
筆者は3年ほど『プレジデントウーマン』のWEB媒体で、日本の企業で働く女性たちを取材している。そこで常々思うのは、働く女性の多くは家事や子育て、親の介護も抱えながら、必死で奮闘していること。世の中では女性活躍、働き方改革と唱えているが、やはり家庭と仕事の狭間で葛藤する姿も見えてくる。
コロナ禍で女性たちはいっそう家事の負担が増した。家族がいれば3度の食事の支度があり、子どもが休園や休校になると、家で仕事と子育てを抱えて疲れきっている人も多かった。筆者も家で仕事してきたので、子どもが小さい頃は家事と子育てに追われてほぼ記憶に残っていない。もう20数年前のことだから、今は男性の育児や家事分担も進み、いくらか負担も減っているかと思っていたが、家庭の様子はさほど変わらないようだ。
日本で生きる女性たちはどのような状況に置かれているのか。それを明快に解き明かしてくれるのが、社会学者・上野千鶴子さんの『これからの時代を生きるあなたへ』だ。これは2021年3月に収録されたNHKの番組「最後の講義」で、「もし今日が最後だとしたら、何を語るか」という問いのもと、学生たちに講義した内容を再構成したもの。女性学、ジェンダー研究のパイオニアである上野さんが語り尽くし、聴講生気分で楽しめる完全版になっている。
もともと主婦研究者としてスタートしたという上野さんは、その動機をこう語る。
〈なぜ「主婦研究」をやったかというと、私の母が専業主婦だったからです。しかも、夫婦仲のよくない、不幸な主婦でした。夫はワンマンで亭主関白、かんしゃく持ちでマザコンの長男でした。子どもの頃からずーっとその母の人生を見てきて、自分が大人になったときの女の人生が、母のような人生だと思ったら、「こんなこと割に合わない、やってられねえ」って思いました〉
父の顔色を見て、機嫌を取る母の姿。しかも北陸の3世代同居世帯の嫁で気の強い姑に仕える母の人生はグチが多く、子ども心にも幸せに見えない。「おまえたちさえいなかったら、離婚するのにねえ」と洩らす母を見ながら、上野さんは「主婦ってなあに?何するひと?」と考えるようになったという。
〈子どもの頃には母のグチに同情しましたが、思春期になって母をじっと見ていて思いました。恋愛結婚だったから誰を責めることもできず、「男を見る目がなかった」と母はこぼしましたが、ある日、「お母さん、夫を替えてもあなたの不幸は変わらないよ」と思うようになりました。母の不幸はカップルの組み合わせの問題ではなく、母がはまりこんだ構造の問題だと思ったからです。思えば父も母もとりたてて悪人でも善人でもない、ふつうの庶民でした。
その結果、わたしは結婚もせず、主婦にもならない、結果として、こうして「おひとりさま」の人生を歩んでおります(笑)〉
主婦研究から「女性学」へ。女性が抑圧されてきた社会構造を追求してきた上野さんの講義のテーマは、「家父長制と資本制――再生産の分配問題を解く」だ。これだけ聞くと難解そうで気後れしてしまうが、読み進めるほどにぐいぐい引き込まれていく。
第1章では「女性差別の根源」を探るとして、家事が「不払い労働」であることを指摘する。1996年に経済企画庁(現・内閣府)が「あなたの家事労働の値段はいくらですか?」というレポートを出し、平均的な専業主婦の家事労働の値段を年額276万円とはじきだしたという。だが、現実には家事は「見えない労働」とされ、育児、介護も担う主婦の労働の価値がなぜこんなに低く見積もられてしまうのか、と上野さんは問いかける。
続く章では、さらに核家族の中で主婦が家事や育児、介護や看護などのケアもひとりで背負ってきたことの危機を唱える。2000年には介護保険制度が施行され、ようやく「ケアの社会化」の一歩を踏み出すが、日本では家族の責任に委ねられている。そのケアを担うのもおおむね女性なのだ。
そこで上野さんは「女性学」から「介護」も研究対象にしていく。その中で自分がやってきたことはずっと同じだということに気づく。講義の最後にこう語っている。
〈フェミニズムは弱者が強者になりたいという思想ではありません。弱者になっても安心できる社会をつくることが、わたしたちの目的です〉
上野さんの近刊に『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)という、10代の女の子たちの疑問に答える本がある。世の中はいかに変わってきたのか、そして、それは女性たちが社会で闘いながら変えてきたのだと。「だからあなたにも変えられるよ」というメッセージを込めたという上野さん。これが最後ではなく、私たちにまだまだ熱いメッセージを届けてほしい。
(文・歌代幸子)
■上野 千鶴子(うえの ちづこ)さんプロフィール
1948(昭和23)年、富山県生まれ。1977年、京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などで教育、研究に従事。日本における女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、指導的な理論家の一人。高齢者の介護・ケアも研究対象としている。著書に『家父長制と資本制』『ナショナリズムとジェンダー 新版』『生き延びるための思想 新版』(以上岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)など。共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロからおしえてください!』(大和書房)など。
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