東京都駒込にある、世界最大級の東洋学研究図書館「東洋文庫」のマンガ大好き学芸員・篠木由喜さんが、イチオシ作品の学芸員的読み方を紹介してくれるシリーズ「マンガでひらく歴史の扉」。
第3回は、東洋文庫ミュージアムにて2022年10月5日(水)~2023年1月15日(日)まで開催される展示「祝・鉄道開業150周年 本から飛び出せ!のりものたち」にちなんで、マンガに登場するのりもの、中でも「仙人ののりもの」にフィーチャーしてお届けする。
仙人が登場するマンガとして今回取り上げたのは、国民的マンガの一つ『ドラゴンボール』(集英社)。そして、連載終了から20年以上が経った今でも根強い人気を誇っている『封神演義』(集英社)だ。今回は篠木さんと、やはり両作品の大ファンだという同じく東洋文庫学芸員の児玉真起子さんの、熱い"オタクトーク"が繰り広げられた。
まず開いたのは、『ドラゴンボール』第1巻の冒頭のページ。主人公・孫悟空が、師となる亀仙人に出会うシーンだ。
篠木さん:亀仙人が初登場シーンで大亀に乗ってくるんですけど、これがやっぱり、仙人ポイントが高いんですよ。あ、仙人ポイントは今勝手に作った言葉です(笑)
仙人という漠然としたイメージは皆さんあると思うんですが、仙人が何者かというと、一般的には道教の神様です。亀とか鶴とか龍とか雲とか、そういうものは仙人が乗るのりものなんですね。まあその定義だと、孫悟空は仙人じゃないのに筋斗雲(きんとうん)に乗ってるので若干おかしくなるんですけど......(笑)
そういうわけで、「亀に乗って現れる仙人」というのは、すごく正しい中国の道教世界の仙人像なんです。
サングラスにアロハシャツといういでたちで登場し、「大変スケベ」(映画『ドラゴンボール超』公式サイトより)な亀仙人だが、中国の仙人像にきちんとのっとっている面もあったのだ。
篠木さん:冒頭、孫悟空が大きな亀を助けた褒美に筋斗雲を与えられるんですけど......。
児玉さん:若干、浦島太郎ですね(笑)
篠木さん:そう、かなり浦島太郎なんですよ(笑)でも実は、浦島太郎にも仙人とのつながりがあって。ほとんどの人が知っている浦島太郎は、竜宮城から帰ってきて玉手箱を開けて老人になって終わりですよね。でも、東洋文庫が持っている浦島太郎伝説の巻物では、最後は鶴になって蓬莱山へ行き、乙姫=亀に再会するんです。
蓬莱山というのは、仙人が住むと言われている伝説上の山です。この所蔵資料だけが特殊なのではなく、浦島太郎には何パターンもあって。亀に乗る浦島太郎は、実は仙人の話だったのかもしれない......なんていう考察ができるんですよ。
なんと、浦島太郎と仙人にまさかのつながりが。もともとどんな話だったのかは定かではないが、ひょっとしたらドラゴンボールみたいな話......だったのかもしれない。
篠木さん:ちなみに筋斗雲は、亀仙人いわく「清い心をもっていないとのることはできん! つまりよいこでなくてはダメということじゃ」。で、亀仙人はスケベジジイだから筋斗雲に乗れないんですよ。本当にちゃんと仙人なのかって思いますけど(笑)
続いては『封神演義』。同名の中国の神怪小説(ファンタジー小説)をベースにしたマンガだ。舞台は古代中国の殷王朝。皇后となった仙女が暴政をはたらき、国は乱れに乱れていた。主人公の太公望は、新たな王朝を建てるために、365人の悪しき仙人を倒して「封神」するよう命じられる。
篠木さん:『封神演義』ののりものといえば、まず主人公が乗っているカバみたいな生き物ですね。これはスープーシャン(四不象)という霊獣です。主人公と一緒になら、普通の人間でも乗れます。筋斗雲みたいに転げ落ちることはないです(笑)外見はマンガとだいぶ異なりますが、シフゾウ(中国語でスープーシャン)という動物は実在します。
篠木さん:主人公は霊獣のスープーシャンに乗って飛びますが、「宝貝(パオペエ)」という仙人の道具で飛ぶキャラクターもいます。それが哪吒(なた、なたく)です。
哪吒はヒンドゥー教の神・ナラクーバラを前身とし、道教や仏教と混じり合って信仰の対象となったり、中国のさまざまな創作作品に登場したりしているキャラクターだ。『西遊記』にも登場するし、2019年の中国アニメ映画『羅小黒(ロシャオヘイ)戦記』(現在テレビ版放映中)にも登場している。マンガ版『封神演義』では「なたく」と読むが、ほとんどの作品では「なた」と読まれる。
哪吒はどの作品でも少年の姿をしており、宝貝の一種「風火輪」という車輪で空を飛ぶ。東洋文庫ミュージアム「祝・鉄道開業150周年 本から飛び出せ!のりものたち」展では、明代の『封神演義』の書物に哪吒が描かれているのを見ることができる。
篠木さん:哪吒は作品によっていろいろな設定がありますが、このマンガでは人造人間というか、宝貝人間のような設定になっています。生身の肉体は失っているけれど、師匠の仙人により蓮の花の化身として復活しています。
児玉さん:人造人間だから無表情で感情表現に乏しく見えるけれど、時折人間味や思いやりを見せることがあって......というキャラクターですね。おいしいポジションです。
篠木:愛さずにはいられないよね......。でも、わりとどの作品でも、無愛想で無表情な設定が多いですね。あとめちゃくちゃ強い。
児玉さん:そう、強い。戦闘狂だし、生身の人間ではないので、あとで体を直してもらえるから、腕がもげようが脚がもげようが戦い続けます。でも、本当は母想いのいい子なんですよ......。
哪吒は非常に"推せる"キャラクターのようだ。ファンの熱い愛がひしひしと伝わってくる。
中国の小説『封神演義』は16~17世紀の明王朝の時代に成立した作品だ。モチーフである殷王朝の滅亡・周王朝の創建は紀元前11世紀のことだが、作中に紀元前6世紀の人物・太上老君(老子)が登場するなど、時代がごっちゃになっている。
篠木さん:『封神演義』は、話の整合性のなさや荒唐無稽さで、『西遊記』や『三国志演義』などに比べると格下扱いされています。伝説上の哪吒、後の時代の太上老君(老子)、それから主人公の太公望は実在の周の軍師をモデルにしています。いろんな民話や説話を合体させて作られた物語なんです。
日本では、『三国志』など中国の小説は江戸時代にたいてい人気になっているんですが、『封神演義』は江戸時代にはまだあまり知られていません。1988年に安能務が小説にしてようやく知られるようになり、安能版をもとにしたこのマンガで爆発的に有名になりました。
でも、安能版の『封神演義』は翻訳ではなくあくまでリライトで、明代の『封神演義』とは全然話が違うみたいです(笑)
児玉さん:私も安能版は読んだけど、中国のはさすがに読んでないですね......。
篠木さん:もともとの中国の作品も時代がごっちゃだし、安能版も中国の作品と全然違うし、それをもとにしたマンガもまた全然違う。時代を経てどんどん変わっていくのが『封神演義』の面白さなんじゃないでしょうか。正解を探すより、時代に合った『封神演義』を楽しめばいいんじゃないかなって思ってます(笑)
そして昔の『封神演義』が消えないためには、博物館などのアーカイブ機関が頑張ればいいんです!
挿絵付きの『封神演義』の刊本は珍しく、今回は、東洋文庫に所蔵されている『封神演義』の中でも唯一挿絵が入っているものを展示しているそうだ。ぜひ東洋文庫ミュージアムへ、哪吒に会いに行ってほしい。
東洋文庫ミュージアム企画展
「祝・鉄道開業150周年 本から飛び出せ!のりものたち」
【会期】2022年10月5日(水)~2023年1月15日(日)
2022年は日本の鉄道開業150周年にあたります。鉄道は現代の私たちにとって、生活に欠かせない移動・輸送の手段です。 それでは、鉄道が誕生する以前はどのように人や物を運んでいたのでしょうか。 あるいは、遠くへ行きたいと望み、空を飛んでみたいと思う人々は、どんな乗り物を夢想したのでしょうか。
本展では、本のなかにみえる古今東西の様々な乗り物たちをご紹介します。
公式サイト→http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/exhibition.php
日本の鉄道開業150周年を記念した今回の展示。鉄道の模型を視察する当時の日本人の再現ができるパネルコーナーも......。
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。
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