人が後ろに並んできたら、待たせるためだけにわざとゆっくり会計をする。後ろの車が車間距離を詰めてきたら、危険を冒してでも相手を怖がらせようとブレーキを踏む。ある候補者を落選させるために、好きではない対立候補に票を入れる。......こんな「悪意」のある行動に、私たちはしばしば出くわすことがある。もしかしたら、自分でやったことがあるという人もいるかもしれない。
これらに共通するのは、相手に嫌な思いをさせるために、自分の利益にならない、または自分も損をする行動をしている点だ。誰も得をしないのに、なぜ人々は悪意のあることをするのだろうか? アイルランドの心理学者、サイモン・マッカーシー=ジョーンズさんが、著書『悪意の科学』(インターシフト)でその謎に迫っている。
本書の中で主に使われる例が、「最後通牒ゲーム」という研究だ。隣の部屋にいる相手とペアでプレイする。10ドルなどの決まったお金が与えられ、まず片方が2人の分け前を決める。もう片方はその提案を受け入れるかどうかを選べる。提案を受け入れれば2人とも決めた額のお金がもらえ、受け入れなければ2人とも何ももらえない。
かつて多くの経済学者は、人は自分の利益を最大化するように行動し、どんな提案でも受け入れるだろうと思っていたという。しかし現実は違った。最後通牒ゲームの研究は世界各地で行われ、10ドル中2ドル以下の提案を拒否する人は、約半数にものぼることが実証された。自分もお金がもらえなくなろうと、相手もお金がもらえないように、悪意ある行動、マイルドに言い換えれば意地悪や嫌がらせをする人が大勢いるのだ。
あなたは、もし10ドル中2ドルあげると言われたら、提案を受け入れるだろうか?
本書では、提案を拒否する人々の中には2つのタイプの「悪意」があると解説されている。1つは、「提案が不公平だから相手を罰する」という、平等主義からくるもの。本書では「反支配的悪意」と表現されている。このタイプの人々は、自分が提案を出す側になったら5:5の公平な提案を出す。
反支配的悪意は、不公平に対する怒りや、正義を振りかざす快楽などの感情によって引き起こされている。また、その場では損をしても、長い目で見ると相手から公平に接してもらいやすくなるという利益が得られる。
このタイプは、自分の損が少なくて済むならばそれで満足する。ゲームの最後に相手へメッセージを送れるというルールを加えた場合、10ドル中2ドル以下の提案を受けた人のうち、90%近くがメッセージ(そのほとんどには怒りがこもっている)を送ることを選択し、拒否は60%から32%にまで減ったのだそうだ。
しかし、怒りのメッセージでは満足しない人々もいる。もう1つのタイプは、自分が多少損をしようが相手にもっと損をさせたい、とにかく相手よりも優位に立ちたいという心理だ。本書では「支配的悪意」と呼ばれている。たとえば、冒頭で挙げた「後ろの人を待たせるためだけにゆっくりと会計をする」という行動は、後ろの人が何か罰するべきことをしたわけではないので、単に優位に立ちたいがための支配的悪意の行動だと言える。
こちらのタイプは、金額を提案する側に回ると、自分の取り分の多い不公平な提案をする。反支配的悪意を持つ人々のように信頼を得ることはできないが、競争社会で生き残れるという利点がある。
「提案が2ドルなら自分も断るだろう」と思ったあなたは、どちらのタイプにより共感しただろうか? 本書では、それぞれのタイプの特徴や、人類史上で悪意がどのように生き残ってきたのかを詳しく解説している。さらに、「特定の候補者を落とすための投票」など政治に表れる悪意や、自爆テロなど宗教にまつわる悪意も取り上げている。本書から、人の心のダークサイドを覗いてみては。
■サイモン・マッカーシー=ジョーンズさんプロフィール
Simon McCarthy-Jones/ダブリン大学トリニティ・カレッジの臨床心理学と神経心理学の准教授。さまざまな心理現象について研究を進めている。幻覚症状研究の世界的権威。『ニューサイエンティスト』『ニューズウィーク』『ハフポスト』など多数メディアに寄稿。ウェブサイト『The Conversation』に発表した論評は100万回以上閲覧されている。
■プレシ南日子さんプロフィール
ぷれし・なびこ/翻訳家。訳書は、アレックス・バーザ『狂気の科学者たち』、サンドラ・アーモット&サム・ワン『最新脳科学で読み解く0歳からの子育て』、ジャクソン・ギャラクシー&ミケル・デルガード『ジャクソン・ギャラクシーの猫を幸せにする飼い方』ほか多数。
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