「ピアノをぜひ欲しい、という想いを手紙で、しかも直筆で応募してください」
山野楽器の音楽教室で長年使われてきたピアノを捨てるのではなく、「第二の人生」を歩ませるべくスタートした『100台のピアノ物語』プロジェクト。山野政彦社長の思いに賛同した小山薫堂さん、松任谷正隆さん、小宮山雄飛さんが、BSフジの番組「東京会議」で考え出したのがきっかけだ。
そして、全国から集まったピアノ愛が溢れる400を超える手紙を、山野社長自ら1枚1枚に目を通し、磨き上げて調律し直したグランドピアノ、アップライトピアノ、電子ピアノ合計100台を全国各地へ、そして海の向こうのイタリアまで届けた。
門間雄介さんの『ピアノストーリーズ』(ぴあ)は、それらの手紙をもとに、ピアノを通して生まれた小さな奇跡を独自取材し、短編小説のようにまとめた一冊。
表紙のイラストは作中の「音のシャボン玉」の主人公である小学4年生の高橋吟侍くんが描いたもの。山野楽器へ宛てた手紙に同封したグランドピアノの絵だ。
中難度難聴のため、家族で山梨に引っ越した高橋くんは、天才的なピアノセンスを持つ。「音のシャボン玉」は、「将来はピアノで皆を癒したい」と語る彼と家族の、心が清々しくなるストーリーだ。
どの登場人物にも、素敵なストーリーがありました。
今まで多くの幸福を生んできたピアノが、第二の人生でも新しい幸福を生み出していたのです。
"ピアノは、ある人にとっては夢であり、ある人にとっては追憶であり、さらには希望でもあった。
つまりピアノを手にすることは、夢を追いかけることや、追憶をたぐりよせることや、希望とともに生きることとほとんど同義だったのだ。
だとすれば、と振りかえって思う。
ピアノと歩む人生は、なんて劇的なのだろう?
(著者あとがきより)
本書にはほかにも、ピアノをめぐる感動の物語が掲載されている。
<登場するストーリーズ>
「音楽が響く寺」
⇒サラリーマンから檀家もいない熊本のお寺の住職になり、奥様がピアノ教室を開いていた味岡さん。しかし2020年の集中豪雨により、すべては流されてしまった。最悪の環境からの愛情あふれる再生の物語。
「あなたに宛てた手紙」
⇒30年前、ピアノに背を向けてしまった自分。しかし、なんの因果か娘がピアノの虜に。当選を期に再びピアノに向き合うことを決めた母と娘のほほえましいストーリー。
「湾生」
⇒入ることを禁じられていた台湾生まれの祖母の部屋で発見した、アップライトピアノ。彼女が弾く姿は美しく凛々しかった。そして当選した自分の前に今、同じピアノが。台湾とピアノが奏でる数奇な運命のストーリー。
「バースデーソング」
⇒すい臓がんで会社を辞め、寛解の後に広島の特別養護老人ホームの職員となった彼。難しくハードな仕事の中、ピアノとユーモアで認知症の老女を笑顔にするハートウォーミングなストーリー。
「密やかな演奏会」
⇒音楽好きな夫婦の娘は、小学生にして全国大会への出場を決めたが、コロナで中止に。その結果起きた奇跡。彼女は祖父が亡くなる前日に、病床で酸素マスクを付けた祖父のためにピアノ演奏会を開いたー。
「豊かな光さすところ」
⇒震災で壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市の雄勝地区。10年の時を経てそこに誕生した道の駅で、月命日にピアノコンサートを開き続ける音楽療法士と地元の人々の、ピアノを通しての温かい触れ合いを描く。
「劇場への贈りもの」
⇒プッチーニに憧れ、イタリアに留学したオペラ歌手・森さんの人生と、彼女が住むイタリアの小さな町の劇場にピアノを贈答するまでの奮闘記。
「月の沙漠」
⇒戦後の貧困期に明るく懸命に子育てをする母を見て育った68歳の積田さん。今も埼玉の特別支援学校で教師をしながら、震災で父を失った孫や生徒、地域の人々とピアノの音色で笑いあうコミュニティーを作り上げている。
「あの日、ガソリンスタンドで」(東京)
⇒キリンビールの営業マンでありながら、偶然のきっかけで'94年のリレハンメルオリンピックの、ボブスレー代表になった大島さん。その時のチャレンジ精神を思い出し、定年を前に弾いたことのないピアノに挑戦することを決意。
「宝島の子どもたち」(宝島)
⇒求人サイトを見て、鹿児島港からフェリーで13時間の孤島・宝島に移住した竹内さん夫婦。島では3人の子供に恵まれ充実した生活を送っている。竹内さんは宝島を音楽であふれる島にすべく、手紙をしたためた。
ページをめくるたびに自分自身の遠い記憶を呼び起こす、夢と希望と追憶が詰まった物語集だ。
■門間雄介さんプロフィール
もんま・ゆうすけ/1974年、埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。ぴあ、ロッキング・オンで雑誌などの編集を手がけ、『CUT』副編集長を経て2007年に独立。その後、フリーランスとして雑誌・書籍の執筆や編集に携わる。著書に評伝『細野晴臣と彼らの時代』(文藝春秋)がある。
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