ひとり旅なんて、アラサーのころに思い立って出かけたのを最後に、もう20年近くしていない。旅行に行くときは友人と一緒に、結婚してからは夫とふたりで、子どもが生まれてからは家族で行くのが当たり前になった。
「いまさらひとり旅なんて無理無理」と思っているアラフィフ女性が、読めばきっと旅に出かけたくなるのが、料理家・山脇りこさんのエッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)だ。
もともと旅好きだった山脇さんは、50歳になって20年ぶりのひとり旅に出かけようと一念発起した。きっかけは、不調を感じて病院を受診した時に「加齢」と診断されたこと。しみや白髪が増え、体力も衰える。更年期で体のどこかが常に痛む......。「老いるって、ただそれだけで鬱々とするのね」と思い、「これからは意識してごきげんでいよう」と心に決めて、そのための手段をあれこれ探して行きついたのが、ひとり旅だったのだ。
最初は夫より3、4日先に現地へ行き、数日間ひとりで過ごす「先に行くひとり旅」から始めた山脇さん。おそるおそるだったが、ひとりの時間を持つことが気持ちの切り替えになり、「ごきげん貯金」が貯まったという。そうして気づいたのが、「50代は最強にして最後のひとり旅適齢期」だということだ。
若い頃のように無鉄砲な行動はしないし、お金の使い方も知っている。いざとなれば走って逃げる体力がぎりぎり残っていて、トラブルが起きても大抵のことには対応できる。ホテルやレストランでも気後れしないし、泥酔も、どか食いもしない。つまりは若い頃より経験と分別があるから、危険を事前に回避できるし、落ち着いて行動できるというわけだ。
また、複数人で旅をするとなると全員の予定や希望を調整するのに苦労するが、ひとりなら気兼ねなく好きなところへ行き、好きなものを見て、好きなものを食べられる。群れることにいささかお疲れ気味でもある。だから、50代は「ひとり旅適齢期」なのだと山脇さんは主張する。
言われてみれば確かに、と思うことばかり。家族や友人とワイワイ旅をするのもいいが、その時は楽しくても、翌日以降に疲労という大きなツケが回ってきて、回復にかなりの時間を要する。時には仕事や家族から離れて自分だけの時間が欲しいと切実に思うことも。物理的な距離をとるにも、ひとり旅は最適だ。ゆっくりと本を読んだり、美術館を訪ねたり、あるいは、何をするでもなくぼーっとする時間が取れる。第1章のさわりを読んだだけで、「ひとり旅、結構いいかも」と思えてきた。
第2章からは、山脇さんのひとり旅遍歴が綴られている。国内では、かねて行ってみたかったパン屋さんの「至高のシュトレン」を目当てに飛騨高山へ、若い頃に料理の楽しさを教えてくれた亡き伯母が眠る甲府へ、美術館やギャラリーを巡りに金沢へ――。西へ東へと気ままに旅する山脇さんの国内リピ率ナンバーワンが、京都だ。
「全タイプの観光客を受け入れる京都は、ひとり旅の受け入れ態勢もばっちり」と山脇さん。行くたびに発見があり、尽きない魅力があるという。敷居の高いイメージがあるが、骨董屋のご主人におすすめの京みやげを教わったり、気楽にひとりごはんができる行きつけの店ができたり、地下鉄やバスを乗りこなして町の人になった気分を味わったりと、行動範囲を徐々に広げていく様子も読んでいて楽しい。
さらにハードルを上げて、海外へもひとりで出かけている。本書に書かれている台北、パリ、バンコクのうち、山脇さんの「初めてスタンプ」がたくさん貯まったのが「ひとりパリ」だ。3泊4日の短い旅だったが、蚤の市やマルシェ、オルセー美術館を訪れ、わくわくドキドキの連続で、その時の新鮮な心の動きを今も思い出すという。
山脇さんは社会学者の上野千鶴子さんの言葉をひいて、「『老いる』ということも、「自分に訪れた初体験として、好奇心をもって見てやろう」と書いている。
「思えば50歳前後は、さまざまな経験をしてきて(した気になって)、旅も食事も着るものも、"心地よいマンネリ"のピークだったかもしれません。それこそが、静かなる老いの足音......」
ひとり旅などしなくてもいいし、できなくても誰も困らない。ときめきを感じる手段はほかにもあるだろう。それでも、50代になって「初めて」を体験するには、半ば強制的に日常から切り離される必要がある。そのために、ひとり旅はうってつけではないだろうか。旅を終えたら、「私にも、まだできるんだ」という自信がつき、ほかのときめきを探すことにも積極的になれそうな気がする。
本書には、各地のひとりごはんが食べられる店や、ひとりで泊まるのに適したリーズナブルできれいな(大事!)ホテル、見どころやお土産なども紹介されていて、ガイドブックとしても役に立つ。旅のコースの決め方や荷造り、服装、ホテル選びのコツなど、ひとり旅のノウハウがていねいに記されているのも心強い。さらに、山脇さんが読んだ本や、好きな作家の話などが随所に出てくるので、旅のお供の一冊を探すのにも参考になる。
「子どもを旅行に連れて行っているつもりが、子どもが一緒じゃないと旅ができなくなったみたいだよ、私。もしかしてやばい?」という山脇さんの友人の言葉に、ドキリとした。いつの間にか、「ひとりで大丈夫?」と聞かれる側になっていたのではないか。そんな疑念を払しょくするためにも、まずは「先に行くひとり旅」からチャレンジしたい。
■山脇りこさんプロフィール
やまわき・りこ/料理家。テレビ、新聞、雑誌、WEBなどで和食をベースにした季節感のある家庭料理を紹介している。長崎市の観光旅館に生まれ、山海の幸に囲まれて育つ。子どもの頃から食いしん坊で、旅好き、列車好き、宿好き。国内外の市場や生産者をめぐり、食べて作る旅を最上の愉しみとしている。『明日から、料理上手』(小学館)、『いとしの自家製』(ぴあ)など著書多数。また台湾の旅行ガイド本の執筆をはじめ、旅・食・生産者をテーマに取材・執筆も行う。本書は初めての旅エッセイ。
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