「毒親」「親ガチャ失敗」といった親との関係に生きづらさを感じる人たちが増えている。その一方で、老親がニートや引きこもりの子どもの面倒を見る「8050問題」も深刻化している。そんな問題が「きょうだい」間で起きたら? エッセイストの吉田潮さんの新著『ふがいないきょうだいに困ってる』(光文社)には、親子問題とは異なる、きょうだい間ならではのいざこざが、当事者たちによって赤裸々に語られている。
実は吉田さんも、きょうだい問題の当事者の一人だ。
「この本を書くきっかけは、私自身がふがいない姉に困っていたからなんです」
3歳年上の50代の姉は、幼いころは絵がうまく勉強もでき、周りに一目置かれる存在だった。10代から海外に出て長く暮らしたが、今から15年ほど前に帰国。親が持っていた千葉のログハウスに住み、イラストの仕事を始めた。最初こそ、そこそこ収入を得ていたようだが、いつの間にか一日中ゲームばかりして引きこもるように。そしてある日、姉からSOSの電話がかかってくる。
「お金を貸してほしい、と。確か『車検代がないから』とかそんな理由でした。で、100万円を振り込んだ。その後もあれこれ理由をつけては無心され、気づけば総額200万超え。姉は『返す』と約束したものの、いまだに1円たりとも返ってきていません」
現在、姉は母と同居し、父は特別養護老人ホームに入所している。介護福祉士の資格を持ち、時々その仕事をしたり、たまにイラストを描いたりと、まったく働いていないわけではないが、生活の基盤は両親の年金と貯蓄でまかなっている状況だ。
「親が亡くなったらどうなるんだろう......」。妹としての不安やモヤモヤを飲み会で吐露すると、「友達も同じようなことで悩んでいる」という声が次々と聞こえてきた。実は表立って言わないだけで、悩んでいる人は潜在的にいるのではないか――。そう感じた吉田さんは、知り合いの人づてにふがいないきょうだいに困っている人を探し、取材をスタートした。
ただ、テーマは家族の問題。話すことをためらう人も多い。取材を受けてはくれたものの、直前になって「やっぱり書かないで」と思い切れない人も。「世間体を気にして誰にも話せず、相談できず、問題が家庭の中で深刻化している。きょうだい問題の根深さを感じました」と吉田さん。
本には、吉田さん自身のエピソードに加え、12人の当事者が抱えるふがいないきょうだい問題や悩みが綴られている。多くに共通するのは、お金。自立せずにいまだに親に依存したり、お金に困ると親やきょうだいに無心したり。その上、お金がないのに使い込む、親のお金を勝手に使う、宗教にハマる、自分の人生がうまくいかないイライラを暴言にしてぶちまける......とさまざま。そして、きょうだいだからこその複雑な感情も。
「ふがいないと思ってはいますが、私は姉のイラストの才能を買っていますし、なんだかんだ言いながら仲はいい方だと思います。同じように、不安は感じつつも『仕方ないな』と手を差し伸べる人もいれば、『親が亡くなったら絶縁』とまで言う人も。人によっても家庭によっても、温度と湿度が違うんですよね」
取材対象者にじっくりと話を聞くうちに、さらなる深刻な問題が露呈することも。性的虐待だ。幼少期に兄から性的ないたずらをされトラウマになり、家族にも言えず苦しんだ女性は、その心の傷と怒りに気づかず、大人になった今もふがいない行動を取り続けている兄を許せずに苦しんでいるという。きょうだい間の性的虐待は、実は親は気づいていたのではというケースもあるという。
「『きょうだい問題』は単なるきょうだい間の問題に収まらない『家族の問題』なのです」
今回取材に応じた12人は、ほとんどがアラフォー、アラフィフ。団塊ジュニアと呼ばれるボリュームゾーンが50代を迎えた今だからこそ、きょうだい問題が表面化してきたとも言える。吉田さんはこう語る。
「若いうちは自分もきょうだいも好き勝手に生き、親も元気で、きょうだいは没交渉でも問題ない。ところが、40代、50代になると親の介護や財産の相続といった問題が表面化してきて、仲がよくてももめることはある。ましてや、親や自分に寄生したり依存したりしているふがいないきょうだいがいたら、不安でたまらなくなるはずです」
老親が子どもを世話する「8050問題」どころか、このままではきょうだいがふがいないきょうだいを支える「5055問題」に発展しかねない。
またこの世代は、親が団塊世代で、父親がモーレツサラリーマン、母親が専業主婦という家庭が多いのも特徴だ。
「父親が仕事で不在にして育児に参加せず、母子が強く密着する。息子を甘やかしたり娘に過度に干渉したりといったことが、子どもの生きづらさにつながるだけでなく、きょうだい間にも不公平感など軋轢の種をまいていたのかもしれない。専門家への取材を通じてそう実感しました」
著書では、家族問題に詳しい精神科医、心理カウンセラー、弁護士、大学教授が、専門的な立場から問題への向き合い方、さらに利用できる制度なども解説している。詳細は書籍に譲るが、問題を解決することは難しいとしても、できること、すべきことはあるという。
一つは「できることとできないことの境界線を引く」。お金がないと泣きつかれても、きょうだいに法的な扶養義務はない。夫婦間、親が経済的に自立していない未成年の子どもに対しては「パンが一切れしかないなら、そのパンを人数分に均等に分ける」ほどの義務があるが、きょうだい間では「パンが一切れしかないなら、あげなくていい」という弁護士の解説が非常にわかりやすい。吉田さんも「そうなんだ! と。ものすごく気が楽になりました」。
もう一つは「込み入らないうちに、やれることは今のうちにやっておく」。この本を執筆したことで、吉田さんは姉本人の了承を得た上で、必要最低限の医療保障のついた保険に加入させた。これで姉に何か健康上の問題が起きたとしても、少し安心だ。「先の見えない不安に一筋の光が見えました」と吉田さん。親の介護や遺産については、親が元気で判断力があるうちに決めておいてもらうなども、やれることの一つだろう。
舌鋒鋭くテレビやメディアを批評し、大のドラマ好きでも知られる。そんな吉田さんならではの持論に思わずうなる。
「『困った兄に振り回されるきょうだいや家族』という設定は、昔からテレビドラマや映画でたくさん描かれてきました。でも、あれこれトラブルに振り回されながら最後にはみんなわかり合い、ほのぼのとハッピーエンド。こうした作品を通じて、家族は、きょうだいは分かり合えるもの、仲が良くて当たり前、と刷り込まれているのかも」
「家族神話の呪縛」から解き放たれるのはたやすいことではないだろう。しかし、今回取材に応じてくれた人たちから、「誰にも言えなかったことを吐き出して、『自分はこんなふうに思っていたんだ』『もっとこうすればいいのかも』と客観的に考えることができた」といったうれしい反応が寄せられているという。そして、実際にいい方向に動き始めているきょうだいや家族も。吉田さんは最後にこう語る。
「家庭の中で膿がたまって手の施しようがなくなる前に、この一冊が問題を客観視するきっかけになればうれしいですね」
よしだ・うしお/1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクションにて健康雑誌、美容雑誌の編集を経たのち、2001年よりフリーランスに。テレビドラマ評を中心に、週刊新潮で連載中。東京新聞、週刊女性PRIME、東洋経済オンライン、プレジデントオンラインなどに不定期寄稿。NHKのドキュメンタリー番組「ドキュメント72時間」を読み解く「読む72時間」(Twitter)、ポッドキャスト「聴く72時間」(Spotify)を担当。介護や家族問題、マンション管理組合理事会も鋭意取材中。著書に、自身の妊活から産まない人生の選択に至った道のりを描いた『産まないことは「逃げ」ですか?』、父が認知症となった体験をもとに介護経験を描いた『親の介護をしないとダメですか?』(ともにKKベストセラーズ)などがある。
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