介護保険制度ができて20年になる。その現状はどうなのか。本書『介護保険が危ない! 』(岩波ブックレット)によれば、サービスは切り下げの連続で、利用者負担が引き上げられている。しかも、さらなる改変が検討されているらしい。このままでは、制度はあっても、まともな介護サービスを受けられなくなるかもしれない。これ以上の後退を許してはならないと、本書で介護の専門家たちが訴えている。
本書は編者として上野千鶴子、樋口恵子 という超ビッグネーム二人の名前が並んでいる。二人による共著かと思ったら、そうではなかった。多数の福祉・介護関係者による報告・発言をまとめたものだ。
上野さんは1948年生まれ。東京大学名誉教授で社会学者。一般には『おひとりさまの老後 』(文春文庫)のベストセラーで知られる。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長もつとめている。
樋口さんは1932年生まれ。東京家政大学名誉教授。評論家として長く活躍する一方、NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長。
本書のきっかけは2020年1月14日に行われた「介護保険の後退を絶対に許さない! 1.14院内集会」。介護保険に関係するケアマネージャーやホームヘルパー、医師や看護師、デイサービス事業者らが集まり、危機的な現状をアピールした。その時の報告がもとになっている。
「はじめに」で上野さんが記している。
「何やら介護保険の雲行きがあやしいことに気がついていた。介護保険は今年20歳を迎える。思えば介護保険は生まれてこの方『被虐待児』と呼ばれてきた。3年に1度の改定を仕込んだこの法律は、3年ごとに使い勝手が悪くなってきたからだ・・・」
多数の報告者の中から、服部万里子・服部メディカル研究所長の解説を引用しよう。
「介護保険法はこれまで5回改定され、介護報酬は7回改定されてきました。その度に利用者負担は一割、二割、三割と増え、使えるサービスは減らされてきました。たとえば、要支援1と2の訪問介護、通所介護が外され、デイサービスとショートステイの自己負担が増えています」
こうした流れのなかで、2019年度には、要介護1と2のデイサービスと生活援助を市区町村の介護予防・日常生活支援総合事業に移す案が出てきた。今のところ先送りになっているが、介護保険サービスから外されれば、デイサービス利用者の67%が使えなくなり、訪問介護の利用者で要介護1、2の人の六割が生活援助を使えなくなるという。また、これも先送りされたが、もし利用者負担が一律二割になれば、現状では一割負担の人が91%なので、九割の人の負担が二倍になる。こうした動きのなかで、「私たちが声を上げなければいけない」と集まったのが先の集会なのだという。
上野さんは「なんとなくシナリオは見えている」と書いている。政府の意向は、介護保険を要介護重度の3、4、5の三段階程度に設定。生活援助を外して身体介護に限定し、所得に応じて自己負担率を上げ、足りないところは自費サービスを使ってもらう。そして高齢者のフトコロからお金を放出してもらおう、というものに違いないと見る。改定案は小出しにされるので全貌が見えにくい。どれもこれも社会保障費を抑制したいという「不純な動機」によると認定している。
上野さんは、介護保険法そのものについては、1990年代に日本国民が成し遂げた改革のうちで、もっとも影響力の大きい達成だったと評価している。それが「改悪」の坂道を転げ落ちていることを批判しているわけだ。
高齢化の進展で、日本では必然的に介護保険の対象者が増える。保険料収入やサービスをスタート時のままにしておくと、財政的にパンクする。これは始めからわかっていたことだ。ゆえに政治や官僚の側は「3年ごとの改定」などという伏線を仕込んでいたのだろう。
介護保険の財源は、全体の半分が介護保険料、残りが国・都道府県・市町村の負担となっている。保険料は40歳以上の被保険者が一生納める。65歳以上の場合、居住市町村によって相当異なるようだが、ネットで調べると、都内では年間所得が約300万円だと年に12万円ぐらいの区もある。所得比でいえば、現役時代より多く納める感じになり、驚いたという声がネットに出ている。
制度がスタートした2000年は、全国平均で65歳以上の人の介護保険料は2911円だった。それが20年には6771円。25年には8165円になると推定されている。半端な額ではない。
この20年の間に消費税は5%から10%に引き上げられた。これとは別に東日本大震災がらみの復興特別所得税も上乗せされている。それ以前にはなかった国民の義務的負担が、この10年、20年で増大している。今回のコロナの財政負担は先々、どのような形で一般国民の負担増になっていくのだろうか。J-CASTニュースに2020年6月28日、「コロナ対策『巨額補正予算』のツケ 東日本大震災後は『復興特別税』導入したが...」という記事が出ていたが、はっきりしないようだ。
先の服部さんの報告では、「黒字続きの介護保険」という一覧表が掲載されている。これはちょっと驚いた。赤字なのでサービスを切り下げたり、自己負担を引き上げたりしているのかと思ったからだ。「財源不足を理由にサービスを切り下げることは許されない。2020年度に行われる介護保険法改定の動向を注視していかなくてはならない」と強調している。要するに、歳入に見合う形でのサービス切り詰めをし、収支均衡を図っているということのようだ。
野入美津恵・NPO法人おらとこ理事長は、2019年の消費増税について言及している。増税分はすべて社会保障に回すということだったが、本当に回っているのでしょうか、と。
片や国の中期防衛力整備計画(2019~23年度)の予算総額は27兆円。野入さんは、巨額すぎないかと疑問を呈す。BOOKウォッチで紹介した『兵器を買わされる日本』 (文春新書)では、安倍政権になって防衛予算は増え続け、とりわけ米国政府からの兵器の「爆買い」ぶりが際立つことが報じられていた。
本書で多くの関係者が指摘しているのが、介護現場の低報酬だ。人が集まらない。居つかない。スーパーのレジ打ちより賃金が低い。
「行政の人は、一年でも一か月でもいいから福祉の現場に行っていただきたい。そのうえで、本来の給料ではなく、事業所の出す給料でその期間働いてみてほしい。現場の労働に給料が見合うかどうか、ちゃんと検証してほしいのです」
野入さんの悲痛な叫びだ。高齢者や家族のセーフティネットでもあった介護保険制度。それが次第に、微妙な状況になっていることが本書を通じてわかる。
BOOKウォッチでは関連で、『ミッシングワーカーの衝撃』(NHK出版新書)を紹介している。介護が引き金になり、職を失った人たちが少なくないことが報告されている。このほか、『おひとりさまの最期』(朝日文庫)、『介護ヘルパーはデリヘルじゃない』(幻冬舎新書)、『認知症介護と仕事の両立ハンドブック』(経団連出版)、『5か国語でわかる介護用語集』(ミネルヴァ書房)、『子育てとばして介護かよ』(株式会社KADOKAWA)なども紹介している。
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