同性愛を題材としたマンガやドラマ、映画が増えている。大きな話題になる作品もいくつもある中で、「当事者は本当にこんな感じなの?」「ストーリーの都合がよすぎる?」など、描かれ方にモヤモヤしたことはないだろうか。
BL(ボーイズラブ)をはじめとする、LGBTQを扱った作品を研究している溝口彰子さんの『BL研究者によるジェンダー批評入門』(笠間書院)が、そのモヤモヤを言語化してくれるかもしれない。本書は溝口さん=「あっこ先生」と「もえ」の対話形式で、一緒に教わるように読むことができる。
本書の「第4章 モヤモヤを言語化する」では、人気ドラマシリーズ『おっさんずラブ』が取り上げられている。田中圭さん演じる春田が、吉田鋼太郎さん演じる上司の黒澤に恋心を打ち明けられる一方で、春田とルームシェアしている後輩も春田に思いを寄せている......というあらすじだが、単発版と連続版では大きな違いがあるという。
2016年に『年の瀬 変愛ドラマ』シリーズ内で放送された単発ドラマは、おじさんがおじさんに恋をすることを「変」とカテゴライズしていることからもわかる通り、世間のホモフォビア(同性愛嫌悪)を色濃く反映した内容だ。落合モトキさん演じる後輩の長谷川から告白される際は、春田が「気持ち悪い」と嫌悪感を示す。さらに、黒澤が春田に迫るシーンはホラーのような演出になっている。
一転して、2018年の連続ドラマ版では、ホモフォビア的な表現がほとんどなくなっているという。あっこ先生は「ゲイ当事者も差別を感じずに楽しく見ることができるエンターテインメントになっていた」と太鼓判を押している。
もっとも、「あり得ない」と思うような設定もたくさんある。たとえば「異性愛者の自覚がある春田が、黒澤や林遣都さん演じる後輩・牧のアプローチに流されて、同性と恋愛関係になる」というストーリーは非現実的だ。しかし、田中さんが春田を子どもっぽく「セクシュアリティが未分化な」人物として演じて「あり得そう」と思わせるなど、俳優の演技力で気にならないものにできているという。
ただし、連続ドラマ版も手放しで評価できる作品ではないのだそう。
あっこ先生「よく取材を受けていた女性プロデューサーが『このドラマは、実際の男性同性愛者とは関係なく、異性愛女性としての自分の願望(優しくて世話好きな女友達のような男性の恋人が欲しい)を、自分とは反対の性別である男性キャラクターたちに演じさせて、男同士の関係に仮託しただけだ』というようなことを、様々な媒体で語っていたからです。」
ゲイカップルを描く作品なのに現実のゲイと全く関係なく作るというところに、制作側の意識の問題があるという。しかも、この問題が尾を引いて、続編の映画では「ゲイカップルは長続きしない」という偏見と「牧と春田のラブシーンを入れたい」という目論見がぶつかり、ちぐはぐな出来になってしまっているとあっこ先生は語っている。
ほかにも、「第2・5章 『カップル』のかたちを考える」では、「つくたべ」こと『作りたい女と食べたい女』(KADOKAWA)を中心に、「何食べ」こと『きのう何食べた?』(講談社)、「チェリまほ」こと『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(スクウェア・エニックス)など、映像化でも人気のマンガを取り上げている。聞き手のもえは「つくたべ」ファンという設定で、魅力を熱く語っている。グルメマンガでは女性の笑顔が描かれがちだが、「つくたべ」の食べたい女・春日はほとんど笑わないのがいいという視点にはなるほどと思った。がつがつと食べ続ける姿が、女性2人の親密さを表している。
さらに、溝口さんおすすめのLGBTQ作品はもちろん、1964年の映画『砂の女』も議題に。男女の物語だが、「当たり前」のジェンダー観を突き崩すものとしてどう読み解くのか。あっこ先生ともえのやり取りでわかりやすく読めると同時に、巻末には元となった批評文が掲載されていて、アカデミックに学ぶこともできる。
【目 次】
はじめに
第一部 基礎編:ジェンダー批評に一歩踏み出そう
第1章 作品に潜む偏見に気づく 「いないこと」にされるレズビアンたち
第2章 自分の中の「当たり前」を考える 「男」と「女」という二項対立
第2・5章 「カップル」のかたちを考える ちまたに溢れる恋愛のテンプレ
第3章 現代アートで「身体」をみる エンタメ作品とは別次元の実験の面白さ
第4章 モヤモヤを言語化する ホモフォビアとミソジニー
第5章 「何を目指しているか」を丁寧に読む 作り手や売り手の意図
第二部 応用編:アカデミックな批評文を読んでみよう
おわりに
■溝口彰子さんプロフィール
みぞぐち・あきこ/クィア・ビジュアル・カルチュラル・セオリスト。早稲田大学文学学術院准教授(文化構想学部表象メディア論系)。大学卒業後、ファッション、アート関係の職につき、レズビアンとしてコミュニティ活動も展開。1998年、米国ロチェスター大学大学院に留学。ダグラス・クリンプのもと、ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ・プログラムで、BLと女性のセクシュアリティーズをテーマにPhD(博士号)を取得。BL論のみならず、映画、アート、クィア領域研究倫理などについて論文や記事を執筆し、複数の大学で講師をつとめた後、現職。
著書に『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)、『BL進化論〔対話篇〕 ボーイズラブが生まれる場所』(宙出版)があり、中国語と韓国語にも翻訳出版されている(ともに第17回Sense of Gender賞特別賞受賞)。
YouTube "BL with AKIKO" channel:https://www.youtube.com/@blwithakiko
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?