様々な視点で読むことが出来る興味深い本である。
著者は、安倍氏に「最も食い込んだ記者」と本の帯にある。NHKを退職してフリージャーナリストとなり、民放にも「安倍氏に最も食い込んだ記者」として出演している。読んでみると確かに安倍氏に近い。電話でしょっちゅう話を聞いている。馴れ馴れしい会話だ。
NHKで岩田記者をよく知る人によれば、彼女は支局時代から特ダネ記者だった。安倍氏には確かに近い。しかし、他の記者を安倍氏に近づけないようにしたともみられている。自分が一番近い「利権」を守っていた。
いっぽう、安倍氏と親しかった人によれば、岩田記者は安倍氏に食い込んだ記者ではあるが、「最も」ではないという。最も食い込んでいたのは、産経新聞社の阿比留瑠比記者、二番目は、セクハラが問われている元TBSの山口敬之記者だという。安倍氏は岩田記者との関係について「NHKとは仲良くしないとねえ」と笑って答えたそうだ。安倍氏からすると、NHKは自分にとって大事な広報機関、だから大事にしていたということだ。もっともなことである。
岩田記者は安倍氏が凶弾に倒れる前夜に電話で話をしている。電話はいつも午後10時半から零時の間だ。安倍氏はこのとき「もうこんな時間だ。明日も遊説がある。また、明日」と言って電話を切った。翌日夜、安倍氏の遺体は東京の自宅に安置された。岩田記者は夕方に弔問し、安倍氏がこちらを向いて「岩田さん、なに?」と返事をしてくれると信じ、呼びかけたという。
岩田記者が安倍氏に食い込んだきっかけがある。それまでは、家に電話をかけても、昭恵夫人が「あなた、岩田さんから電話ですよ」と取り次ごうとすると、「『いない』と言って!」という不機嫌そうな安倍氏の声が聞こえたという。
岩田記者がかつて法務省を担当し、東京地検特捜部が手掛けていた安倍氏も属する清和会の議員の政治資金規正法違反などを担当した。捜査の読み筋に関する岩田記者の知見に安倍氏が興味を示し、これを契機に両者は近づいたという。そうして20年、岩田記者は安倍氏にどんどん近くなる。彼女が言う安倍氏の魅力は「愛嬌のある素朴な人柄」だという。周辺の人からすると、たしかにそういう面があることは、この本から伝わってくる。周辺の人、お友達には大変魅力的な人物だった。
その人柄は、中国の習近平国家主席との会談でも発揮されている。2018年に北京で開かれた日中首脳会談後の夕食会。サッカーのワールドカップに関して親しげに話をしている。習近平主席は時々笑っている。
「ウラジオストクの東方経済フォーラムで朝青龍さんにお会いしました。大柄な人が歩いており、『なんだか見たことのある人だ』と思っていたら朝青龍さんだったのです。日本は伝統を重視しますが、相撲もその一つ。古くから続くルールが面白いですね。私も十数年前には、仕事を終えて帰宅すると、まずはテレビで相撲を見るのが習慣でしたよ」
へえ、習近平氏は大相撲のファンだったのか。いつも仏頂面の習近平氏が安倍氏とそんな話をしたのかと思う。
米国のトランプ氏とも、ずいぶんくだけた話をしていることが書かれている。では、ロシアのプーチン氏とは?本書にはほとんど書かれていない。話を聞かなかったのか、聞いたが書かなかったのか。日ロ関係の肝のところだが。
当然のことながら、岩田記者は「書いていい」と思ったところを書き記したのだろう。書けなかったこと、書きたくなかったことは書かなかったということだ。
これは政治記者と政治家との微妙な関係を示している。政治家のいやなことを書けば情報を貰えない。しかし、政治家の宣伝マンにはなりたくない。その距離感が難しい。これは読者によって見方が変わる、その面からも興味深い本だ。
例えば、安倍政治で問題となった公文書の扱いの問題や安倍氏の政治思想にはあまり触れられていない。岩田氏によれば、安倍氏はモリカケ問題に関してほとんど話していないとある。問題ないという自信があったと。気にしていたのは、「桜を見る会」のほうだったという。この辺りは、安倍氏が岩田記者に本心を話したのかどうか。NHKを「広報機関」とみていた安倍氏のほうが強かったのかとも思う。
岩田記者によれば、安倍氏は3回目の総理を目指していたという。ある時期には維新と組んでという動きも進んでいたとある。自民党を割る覚悟である。マスコミでもこの種の憶測は書かれていたが、「最も食い込んだ記者」には安倍氏の本気度が確信のように書かれている。安倍氏の死去でこれらの動きは消えたのか、火種は残っているのか。
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