「本当にこのままでよいのだろうか」。職場への不満や将来への不安を抱えながらも、現状を変える糸口が見つからないまま働いている人は多いだろう。あぁ、本音をぶちまけたい。誰かと本音を共有したい。そんなとき、小説が心のよりどころになることもある。
安藤祐介さんの『仕事のためには生きてない』(KADOKAWA)は、「勤め人あるある」がうんと詰まった一冊。「理不尽」の描写が、なんともリアルなのだ。押しつぶされそうになりながら、ときに毒づき、ときに大胆に、よりよい職場を目指して「反撃」に出る主人公。ブラックユーモアのある、痛快な「勤め人小説」となっている。
「職場も世の中も捨てたもんじゃない」
「少しでも楽しく働きたい。そのために、必要なことは何だろうか。」
35歳の多治見勇吉(たじみ・ゆうきち)は、老舗食品メーカーに勤めている。広報宣伝部に所属し、社長の発言が炎上するたびに火消しに追われ、これまでに数々の修羅場を経験してきた。
この会社では、年明け早々に異物混入が発覚した。謝罪会見と商品回収発表を済ませた直後、『今後「スマイルコンプライアンス」の精神で、信頼回復に努めてまいります』と社長がSNSに投稿。不祥事の直後に「スマイルコンプライアンス」なる謎の造語が披露され、「能天気」「不謹慎」と大炎上している。
翌日、勇吉は突然、なにやら怪しげな新設部署「スマイルコンプライアンス準備室」に異動となる。炎上の火消しや不祥事のメディア対応をそつなくこなす仕事ぶりが評価され、わけのわからぬ準備室の、しかも統括リーダーを命じられたのだ。
勇吉の任務は、社長が放った「スマイルコンプライアンス」なる実体不明の「パワーワード」を形にすること。その中身をゼロから作ること。「九割方、火中の栗を拾うような仕事に違いない」「ロクな辞令ではない」という、勇吉の予感は的中する。
多治見勇吉には、勤め人・勇吉のほか、ロックンローラー・ユーキチの顔があった。大学時代からの友人3人とロックバンドを組んでいる。全員が平日の日中は勤め人、夜と休日はロックンローラーに「変身」するのだ。
「考え方は人それぞれだ。勤め先の仕事に全てを捧げる生き方もあるかもしれないが、自分たち四人は、違う生き方を選んだ。仕事をするために生きているのではない。楽しく生きるために仕事をしているのだと思っている。」
勤め人・勇吉は、「いい加減」(一つ目の「い」にアクセント)という理念を掲げている。昇進に興味はなく、すべてはロックを続けるため。仕事と私生活の間に、明確な線引きをしている。
ところが、「スマイルコンプライアンス」は極めて厄介な案件だった。社長に忖度する役員の無茶振り、会議のための会議、終わらぬ資料作り......。権力と慣習に振り回され、右往左往する毎日。世の中の役に立たない不毛な仕事。「ブルシットジョブ」(「クソどうでもいい仕事」)に従事している自分自身に、勇吉は嫌気がさした。
そんなある日、バンドのメンバーが余命宣告を受ける。「クソして寝て、起きて働いて飯を食え。それだけですげえことなんだよ」という、命の瀬戸際で戦う友人の言葉が、悶々と過ごしていた勇吉に刺さる。
「俺たちは生きている。死んでいる時間のほうが圧倒的に長い中で、奇跡的に生きているのだ。」
仕事から逃げ出すチャンスはあっただろうが、勇吉はそうしなかった。逃げ出さないことがいいということではなく、その力が湧いてこなかったのだ。友人の思いがけない一件があり、本音を共有できる同僚に恵まれたことで、ここから「逃げたい」よりも、ここを少しでも「変えたい」と思いはじめる。そして勇吉は「反撃」に出る。
著者の安藤さんは、過去に数回の転職経験があり、中には相当過酷な職場もあったそうだ。「仕事」と「生きること」に真摯に向き合ってきた著者の作品だからだろう、それらの意味をあらためて考えさせられた。仕事のために生きていなくても、どうせなら仕事にプラスの感情を持っていたい。それは不可能ではないかもしれない、と思えた。
■目次
プロローグ
第一章 デコレーション資料フェスティバル
第二章 定義し難きものを定義せよ
第三章 クソして寝て、起きて働いて飯を食え
第四章 古き良き時代を検証せよ
第五章 よりよく変身できますように
第六章 どのみちウチら、集った仲間だから
第七章 半径五メートルに思いを馳せろ
エピローグ
■安藤祐介さんプロフィール
あんどう・ゆうすけ/1977年、福岡県生まれ。2007年『被取締役新入社員』でTBS・講談社第1回ドラマ原作大賞を受賞。同書は、森山未來主演でドラマ化された。他の著書に『営業零課接待班』『一〇〇〇ヘクトパスカル』『宝くじが当たったら』『おい! 山田 大翔製菓広報宣伝部』『テノヒラ幕府株式会社』『不惑のスクラム』『本のエンドロール』『六畳間のピアノマン』『崖っぷち芸人、会社を救う』『就活ザムライの大誤算』などがある。
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