遊園地や水族館といった行楽地に行った時、楽しみに花を添えてくれるのがそこで働くキャスト達の笑顔だが、彼らの笑顔は本心からなのか、それとも「仕事」としての「ビジネススマイル」なのか、と考えたことはないだろうか。
もちろん「ビジネススマイル」だから悪いということではないが、できれば働いていること自体に喜びを感じている本心からの笑顔であってほしいと願うのも事実。たぶんそれは、その施設を経営している側も同じ気持ちだろう。
世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の"旅好きが選ぶ!日本の動物園・水族館ランキング2018"で1位に輝いた和歌山県のアドベンチャーワールドを経営する山本雅史氏もその一人。しかし、著書『だれもがキラボシ 笑顔あふれるテーマパークの秘密』(幻冬舎刊)によると、従業員たちが心からいきいきとして働く今の状態を作るまでの道のりは、決して平たんなものではなかったという。
山本氏が祖父、父と受け継いだアドベンチャーワールドの運営会社アワーズの社長になったのは2015年のこと。社長就任当初は偉大な先達から引き継いだ経営をうまくやっていけるか、かなりプレッシャーを感じていたという。
アドベンチャーワールドがあるのは和歌山県西牟婁郡白浜町。決して交通の便がいい場所ではない。この立地面での不利を補うためには、オンリーワンの商品やサービスを創り出す必要があると思われた。
アドベンチャーワールドにしかない強みを磨き上げることで、ファンを獲得する。
これが、社長としての自分の責務だと考えたのである。
そのために、山本氏は自ら企画を次々と提案し、実施していったが、いずれも長続きしなかったり、社内に協力者が得られなかったりと、うまくいかなかった。笛吹けど踊らず。それどころか自分が一生懸命やればやるほど従業員は冷めていくようだった。山本氏はそんな従業員たちに苛立っていたという。
私の悲壮な危機意識のせいで、社員の自発性が抑えられていったのです。そして私以上に、周囲の社員の皆さんは、私の言葉や行動によって傷ついていたはずです。(P27)
山本氏は当時のことをこう振り返る。そしてその時の自分の思い悩みはどれも「自分本位だった」とも。
転機となったのが、スターバックスコーヒージャパンのCEO(当時)だった岩田松雄氏の講演だった。スターバックスは、単にコーヒーを提供するだけでなく、「スタバ」でないとできない体験を提供することで成功した企業。それは山本氏がアドベンチャーワールドで成し遂げようとしていたこととよく似ていた。
「経営において大切なのは、戦略ではなく社員一人ひとりが自ら考えて行動できるマネジメントである」と語った岩田氏は、そのために必要なものとして「ミッション(企業理念)」と「権限移譲」の二つを挙げた。この言葉が山本氏にとって決定打になった。
アドベンチャーワールドでしかできない体験は、経営者である自分が作るのではなく、従業員が作るもの。そのためには企業理念を共有したうえで、社員が自ら考え、判断する権限を与えなければいけない。山本氏はそこで、自分がそうした権限を与えてこなかったこと、そして自分自身の中に「理念」と呼べるものがないことに気づいたのだった。
◇
「自分に関わるすべての人を笑顔にする、幸せにする。そのことで私は喜びを感じるし、生き甲斐を覚える」
自分自身と向き合うことでこんな答えにたどりついた山本氏は、この答えをアワーズの経営に落とし込み「こころでときを創るSmileカンパニー」という理念を掲げた。この理念の設定と浸透によって、従業員たちの働き方も変わっていったという。
もちろん、会社の理念を従業員たちに浸透させていくといっても強要したのでは意味がないし、そもそも意識改革には時間がかかる。本書では、そのためのアワーズの取り組みについても紹介されている。誰もがいきいきと、やりがいを持って働ける職場が理想なのはまちがいのないところ。自分の職場をそんな空間にするために、本書から学べるものは多いだろう。
(新刊JP編集部)
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