プロスポーツ選手や、医者、弁護士、俳優。
人がうらやむきらびやかな職業がある一方で、社会の裏方として、目立たないながらも欠かせない職業もある。
「職業に貴賤なし」というのは本当で、どんな仕事にも意義と役割が与えられている。オーサキ・コーさんの『わたし、探偵になっちゃいました』(幻冬舎刊)は、どんなに目立たない仕事であっても誇りと向上心を持ち、ハプニングを怖がるのではなくおもしろがって取り組むことの尊さが際立つ一冊だ。
今回は「人は誰でも物語を書くに足る存在」と言い切るオーサキさんにインタビュー。この小説の成り立ちについてお話をうかがった。その後編をお届けする。
――「悩んでいる時間は1秒でも無駄である」という言葉も心に残りました。悩まないための秘訣について教えていただきたいです。
オーサキ:私自身はこれまで何度も傷ついたり、悩んだり、迷ったりしてきました。20代後半までそんなことの連続でした。具体的な話は避けますが、子どもができてからは「こんな労働者でいいのかな」と悩んで落ち込んだりとかね。
でも、年齢を重ねるごとに、なんだかんだ、こういう時はこう対処する、という「引き出し」は増えますよね。迷いを断ち切る方法も自分なりにわかってくる。この本で書いた「悩んでいる時間は1秒でも無駄である」というのは、悩むこと自体が無駄ということではなくて、悩んで深い穴に落ちていく前に、すぐに何か行動を起こすことで少なからず楽になることがある、ということを言いたかったんです。
――何もしないとかえって落ち込んでしまうというのは理解できます。
オーサキ:ただ、悩んでいる時間は悩んでいる時間で、大切にしてほしいとも思います。「職場を勇気を出してサボる事」も「前を向いて行動を起こすこと」の一部ですし、悩み、悶え苦しむのもそうです。生存していることそのものが、すでに前向きなことなのです。たった1秒で済ます無駄な悩みは、無限の悩みの裏返しです。
――作中に、小説家の名前や小説の名前がたびたび登場します。オーサキさんがこれまでに愛読した本や影響を受けた作家について教えていただきたいです。
オーサキ:一番好きなのは船戸与一さんです。ハードボイルド作家だと思われがちですが、詩的な文章も書けるし、叙事詩のようなものも書ける。幅の広さがすごいなと。
あとは、伊坂幸太郎さんとか谷川俊太郎さん、石川淳さんとか坂口安吾さんからも影響を受けたと思います。小説家ではないですが中島みゆきさんと荒木飛呂彦さんも大好きです。あまり自意識が過剰すぎず、人の心情を推しはかるようなものを書く方、文章にあるリズムや音色を大事にしながら物語を書ける人が好きなんだと思います。
――芥川賞があまりお好きでないとお聞きしました。
オーサキ:というよりも、いたずらに文章が難解だったり、ジャンルに凝り固まったものが好きではないんです。何年か前にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しましたが、ああいうオープンさが芥川賞にもほしいと、一読者として思います。
――次の作品も書かれているそうですね。今後の活動についてお話をお聞きしたいです。
オーサキ:書きたいことはいくらでも湧いてくるので、どんどん書いています。世の中には、たとえば会社の社長が「自分は偉くなったから、ここらで自伝でも書いて社員に配ろう」というような本が溢れていますが、私はどんな時でも、肉体労働者として、身体を動かした働く日々の中から出てくる言葉を語りたいです。そして、どんな時でも弱者の立場に立って、言葉を紡ぎ出していきたいと思っています。
そして、この活動でいくらかのお金を得ることができたのなら、社会貢献に使っていきたいと思っています。それが表現活動をする人間の義務だと思っているので。
――現在は探偵をされているというオーサキさんですが、この仕事を始めてみての感想をお聞きしたいです。
オーサキ:探偵業法ってすごくグレーなんだなというのが感想です。現行の探偵業法は平成19年6月に施行されたものなのですが、内容を要約すると「私人ができる範囲でやりなさい」ということなんです。警察のように捜査権限がないから、たとえば不倫の証拠をとるためにカメラをもってラブホテルに潜入したら、不法侵入になってしまう可能性がありますし、盗聴器を仕掛けるのもダメ。唯一許されているのが、当事者録音といって、自分がマイクを持って案件の当事者の声を録ることです。
――となると、できることがあまりなさそうですね。
オーサキ:一方で、探偵って誰でもなれるんですよ。逮捕歴がなくて戸籍があって、逮捕歴がない人であれば、3600円で開始届出を出せば誰でも探偵を名乗ることができる。探偵として何ができるかわからないけども、とりあえず探偵にはなれるんです。私の場合は、警備の仕事をしていた関係で警備業法について調べていたら、探偵に行きついたんです。あまり知られていないのですが、警備と探偵は表裏一体なんですよ。この話は本のネタバレになるので、ここまでにしますが。
――最後に、今回の本の内容と絡めて、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
オーサキ:今回の本は「勇気」と「自由」を土台に据えて書きました。どんな人でも、毎日の生活の中にたくさんの冒険があります。これからお皿を洗おうというのも冒険だし、筋トレをしようというのも冒険です。そして、こういう小さな冒険を乗り越えた時、それをやりきった自分の勇気を認めてあげてほしいと思います。
岩月謙司さんの『女は男のどこを見ているか』では「英雄体験」と呼んでいるのですが、こういう体験を積み重ねることで自分の中の勇気がだんだんと大きなものになっていく。そしていつかは、自分の人生を自分で決めていくだけの勇気が手に入っているはずです。それはどういうことかというと、誰かに反対されても、自分のやりたいことを貫いたり、心のない誹謗中傷に惑わされなかったりすることです。
SNSの中の言葉に傷つく人が本当に多い今だからこそ、自分の勇気を認めたり、他人の勇気に気づいてあげることが必要なのではないかと思います。今回の本がその一助になればうれしいですね。
(新刊JP編集部)
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