コロナ禍を機に、「医療リソース」が大きな注目を集めることになった。
医療は有限であり、本当に必要としている人に行き渡るように、社会全体として守らなければならないと感じた人は少なくないはず。
2014年に発覚した群馬大学病院の医療事故で、病院側の医療安全管理部長として問題の対処にあたった経験を持つ医師・永井弥生さんは、著書『これからの医療 5つの「患者力」が、あなたと医療を守る!: 「患者力」を付けなければ自分を守れない』(ごま書房新社刊)で、患者側が医療機関を支える心構えを持つことは、患者自身を守ることにつながると説く。
医療を守るために患者側はどんなことができるのか。そして永井さんが説く、「患者力」とはどのようなものなのか。ご本人にお話をうかがった。
――本書で書かれている「医療を守る」ことの意義について、コロナ禍で医療がひっ迫する状況で医療を守るというのは理解できますが、収束後もこの意識を持ち続けるべきなのはなぜでしょうか?
永井:医療の状況は地域によって異なります。地方にはもともと病院や医療者が不足している地域が多くあります。
そういう地域では、医療の現場でスムーズに診療をすすめるためにも、患者さんの協力が必要になってくるんです。現場は大変であっても、自己管理をしっかりしようという意識がある患者さんや、医療従事者への感謝の気持ちを持っていただける患者さんは、こちらとしてもとてもありがたいですし、大きな力をいただけます。
また、社会の問題として、医療費や社会保障費の削減が求められているなかでは、「なんでも医療に頼る」という姿勢ではなく、自分を管理して本当に必要なところで医療を利用するという心構えが必要だと考えています。
――「スムーズな診療」と「そうでない診療」の違いについてお聞きしたいです。
永井:自分の状態や症状など、必要な情報を正確に伝えるように心がけてくださる患者さんは、やはりこちらとしてもありがたいです。診察時間を短縮して、より多くの患者さんを診ることができますからね。
自分の体に異変があって病院にいらっしゃっている以上、不安なのは理解できるのですが、感情的ばかりが先走ってしまう方もやはり中にはいらっしゃいますし、攻撃的に感じられる方もいらっしゃいます。今回の本は患者さんについて書いているのですが、医療者側と患者さん側が互いを理解しあう助けになればと思っています。
――特に勤務医の方は夜勤があったりもしますし、心身の負担が大きいとされます。彼らの負担を減らすためには、患者側の協力が必要なのかもしれませんね。
永井:たとえば、先ほどお話しした病院や医療者などに余裕がない地域ですと、大きな病院にその地域の救急患者や重症患者が集まります。そういう病院の勤務医は大事にしないといけないですよね。辞めて開業しようか、という人が増えてしまうと大変です。
もちろん、経験を重ねていずれは開業するというのはしかたないことなのですが、救急や当直など負担の大きい業務の担い手が減ってしまうとその地域の医療が立ち行かなくなってしまいます。ですから、そこのところは患者さんにも協力していただいて守るという意識が必要なのではないかと思います。
――そのために必要なのが、今回の本で書かれている「5つの患者力」になるわけですね。そして、この力を持っておくことは、患者自身を守ることにもなるという。
永井:そうですね。医療者の立場から、こんな力を持っている患者さんはステキだ、こんな人間力を持ちたい、と思うことをまとめました。
――その一つに、自分自身や情報を客観的な目で見る「客観視する力」があります。その大切さはとても理解できる一方で、病院という時に生死にかかわるような場で、どれだけ自分が客観的でいられるかと考えると、あまり自信がないです。
永井:本当に具合が悪くて、苦しくて担ぎ込まれてきたような方は客観的ではいられないでしょうし、命にかかわる病気を宣告されても客観性を失わずにいるのは難しいです。そういう時は、医療者側が情報の伝え方やサポートの仕方について配慮しなければなりません。
それ以外の日常的な病気で医療機関にかかるときは、医療者に対して感情的にならず、客観的にふるまいましょう、ということですね。
――医療者に対して自分の状況を説明し、医療者の話を傾聴するという「対話する力」は、社会人であれば誰もが持っているように思いましたが、実際に臨床の場にいる方からするとまた別の感想をお持ちでしょうか?
永井:これは、病院という場の特殊性もあると思います。どんな状況であってもしっかりとコミュニケーションがとれる、人間力を備えた方もいらっしゃいますが、感情が前面に出てしまい、適切なコミュニケーションが取れない方、「病院が全部なんとかしてくれる」と考えて、よくならないとクレームをつける方もいらっしゃいます。
――医療者とのコミュニケーションの際に、自分の状態を正確に伝えるコツのようなものはありますか?
永井:「事実」と「自分の思いや感情」を分けて説明することが大切です。どこかが痛むなら、まずは「どんな時にどれくらい痛むのか」という症状(事実)を順序だてて説明したうえで、自分の思うところや心配していること、「こういう病気じゃないか」という自分の解釈を伝える、という。
――患者自身の解釈が医療者の参考になることもあるのですか?
永井:あります。もちろん、見当違いだったというケースもたくさんあるのですが、そうであったとしても、患者さん自身の解釈はご本人の不安と紐づいているわけですから、見当違いだったとわかれば患者さんの不安が一つ解消されますよね。病気でもケガでも、患者さん自身の解釈を聞くのを嫌がる医師はまれにいるのですが、私はそういったことにも耳を傾けるべきだと考えています。
(後編につづく)
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