私たちは日々、さまざまな「人を動かす」場面に出くわす。
例えば「お客様への提案」「上司への提案」「社内への協力依頼」「社内外との交渉」「メンバー指導」といったことだ。
そして、疑問や反論がないように理論武装して(分厚い資料を作って)話すわけだが、表面的には合意できても、その後、相手が全然動いてくれないということが多々起こる。どうすれば、相手と心からの合意形成ができるのか。
『気持ちよく人を動かす』(クロスメディア・パブリッシング刊)の著者で、TORiX株式会社代表取締役の高橋浩一氏は、相手に心から同意してもらい、気持ちよく動いてもらうためのスキルを本書で解説している。
「気持ちよく人に動いてもらう力」は一体どういうスキルなのか。お話をうかがった。
(新刊JP編集部)
――『気持ちよく人を動かす』についてお話をうかがっていきます。まず、本書を執筆した経緯からお聞かせください。
高橋:私は研修やコンサルティングといった、お客様のビジネスを支援する仕事をしているのですが、お客様や研修の参加者から「思ったよりも人が動いてくれない」という悩み相談をよく受けるんです。分かりやすい例で言うと、「お客様に改善案を提案したが、動いてくれない」「上司が納得してくれない」といったことですね。
そのような相談をしてくる方の話をよく聞くと、提案の内容は間違っていないことが多いです。ロジックもしっかりしていて、正しいことを言っているはずなのに、なぜかみんなが動いてくれないという感じなんですよね。
そうした相談を聞いているうちに、実はこの問題に多くの人が悩んでいるのではないかと思いました。そこで、解決法が書かれた本を執筆しようと考えたわけです。
――タイトルについてうかがいます。デール・カーネギーの『人を動かす』という名著を彷彿としますが、その前に付いている「気持ちよく」という言葉が本書のポイントだと思いました。このタイトルについて、どのように考えてつけられたのですか?
高橋:このコロナ禍の影響から、リモートワークが増え、チャットやメッセンジャーツールといったコミュニケーションの手段が広がり、世の中はすごく便利になりました。また、人を動かすコミュニケーションの取り方についても色々な情報が出ていて、みなさんそれを見て勉強していると思います。
ただ、人を動かす側はそれでいいものの、動かされる側はどうかというと「はい、分かりました」と一応合意はしたものの、実は納得していないケースが多いのではないかと思うんですね。同意はしたけれど、モヤモヤが残っているというような。見せかけの合意と、心からの合意はやっぱり違うもので、その後の動きにも大きく関わってきます。心からの合意の方がみな、納得して積極的に動くでしょう。
心からの合意は、短時間の打ち合わせを通した「はい、分かりました」だけでは形成できません。相手との会話の応酬、ともに壁を乗り越えていく作業などがあって、たどり着けるのではないかと思うんですね。
――コミュニケーションコストという点からいうと、心からの合意を形成するのはかなりコストがかかると思います。時間もかかりますし、コミュニケーション量も多くなります。ただ、そういうコストを考えても、納得し合った合意の方が良いということでしょうか?
高橋:長い目で見ると、合意に対する納得の深さが重要です。今は、効率が重視される世の中ですから、余計な衝突を避け、コストをかけないことが求められていますが、実際は衝突や摩擦が一切ないものから生まれた合意は浅くなりやすいです。
本書に出てくる「共に創るディスカッション」は、「一見すると面倒に思えることが、実は深い納得につながる」というのがポイントです。動かされる側が深く納得して、腑に落ちるうえでは、疑問や反論が一時的に発生するのは、むしろ「よいこと」なんです。
それは、相手に自分の正しさを押し付けて、無理に納得してもらうコミュニケーションではありません。「正しい」「間違っている」というコミュニケーションからは生産的な人間関係は生まれないと思います。この本で目指しているのは、お互い歩み寄るような合意形成です。異なる意見を、頭ごなしに「違う」と避けるのではなく、よりよい結論を作るためのきっかけと捉えて、相手とディスカッションをしていくことが必要です。
――高橋さんが「共に創るディスカッション」を意識されたのは、どういうきっかけだったんですか?
高橋:本書でも書かせていただきましたが、私が新卒で入社した会社は戦略コンサルティングの会社で、仕事でもロジカルシンキングの考え方が求められると最初は思っていたのです。ところが、入社してすぐにそのイメージは裏切られました。「ロジックだけでは人は動かない」ということを上司や先輩から言われたんですね。ロジックよりも感情や精神的要因の方が、人に動いてもらうためには重要だと。
それを身に染みて理解できたのが、若手の時に関わったある会社の業務改革プロジェクトでした。最終報告の場で、お客様に対して正論をぶつけたところ、その領域を担当していた取締役がお怒りになってしまったんです。そのときは、マネジャーがお客様やその場をうまく収めてくれたのですが。
それに対してモヤモヤしたものを抱えながらも、数年経ってから起業して、自らお客様に対して営業するようになりました。当時、お客様への提案は、ロジカルな構成を意識しながら、「突っ込まれないように」「反論されないように」資料を作っていたのですが、あるとき、あまり準備の時間が取れず、1枚の簡単なディスカッション資料で営業に行くことになったんです。
内心不安ですよ。しっかりと作り込まないまま打ち合わせに出るわけですから。ところが、その1枚の資料をきっかけにとてもいいディスカッションができました。もちろん突っ込まれたりもしましたが、それは全然悪いことではない。むしろ、お互い納得した結論に着地して、その後相手が気持ちよく動いてくれているのを見て、考え方がガラリと変わったのです。
――なるほど。ディスカッションの中で相手のニーズが明らかになったりして、発展性のあるミーティングになりそうです。
高橋:そうですね。考え方を変えてから、気持ちの余裕が生まれるようになりました。それまでは「お客様から反論がないように」と気を張っていたわけですが、お客様から出てくる反論や疑問は、いい結論を導くために必要なステップだと思うようになったので、それもウエルカムという気持ちになったんです。
相手の納得感が深くなったことを実感してからは、商談の進め方だけでなく、社内のコミュニケーションも変えました。当時ベンチャー企業の役員を務めていたのですが、メンバーたちに経営陣のメッセージを伝えるときも、練りに練って伝えるよりは、こんな感じで考えているけれど、みんなどう思う?と意見をもらって、一緒に考えながら作るようにしました。その方が、メンバーの腹落ち度も深いと実感しました。
――社内のコミュニケーションも変わったとおっしゃいましたが、「共に創るディスカッション」は、どのような場面で効果が発揮するのでしょうか。
高橋:相手に動いてもらうのが一見すると難しく思える場面ですね。例えば、上司との関係で、自分の言ったことを上司がすぐに承認してくれるような関係性ができていれば、それまで通りにやればいいと思うのですが、「上司の突っ込みが鋭くて、何か言ってもすぐに跳ね返されてしまう」ときなんかは、効果を発揮します。
あとは、1対1だけではなく、1対複数の場合も同様です。
――複数人数を相手にするときも効果があるんですね。
高橋:はい。大勢の人の参加度合いを上げるときなどにも有効です。大勢の人を正論で説得するよりは、みんなの意見や考えを引き出しながらの方がいい結論を作れます。
(後編に続く)
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