もし過ちを犯してしまったとしても、どんなに人生に挫折してしまったとしても、人はやり直すことができる。
そんな強いメッセージが込められた小説が『泥の中で咲け』(松谷美善著、幻冬舎刊)だ。
本作は家族からも見放され、孤独になってしまった一人の青年の半生を追いかけていく、転落と再生の物語である。
今回は作者の松谷美善さんに、ネグレクトや孤立といった現代的なテーマを内包している本作を通して何を描こうとしたのか、お話をうかがった。
(新刊JP編集部)
――本作は3作目となる小説です。これまでの2作でも親子関係を書かれてこられた中で、本作も親子が大きなテーマの一つになっていると思います。そのテーマの設定についてまずはお聞かせ願えないでしょうか。
松谷:親子って、人間の集団における一番小さな核ですよね。でも、その関係が上手くいっていない人って多いんです。それは私自身も経験しているのですが。
ただ、この『泥の中で咲け』という小説は、もともと親子の話ではなかったんですよ。最初は、坂本曜という10代そこそこで孤独になってしまった若者が、どうやって一人で生きていくのかということを描こうとしていたんですよね。
でも、曜は一人で生まれてきたわけではないし、見捨てられたとはいえ、家族もいる。そんな曜について、私は自分を投影して書こうと思ったんです。
――坂本曜という主人公は重い運命を背負わされていて、人生において辛いことがたくさん起きますよね。それは松谷さんのご経験によるものが大きいということですか?
松谷:作中で曜は犯罪に関与したりしますけれど、もちろん私はそういう経験はありません。ただ、両親との関係――特に父親との関係ですよね。そういったところについては、自分と曜を重ねる部分はありました。
曜は母親を脳梗塞で失っていますが、私の場合は父親が脳梗塞で亡くなっています。その父は全然しゃべらない人で、コミュニケーションの手段として暴力をふるったりしていたんです。暴れ出すと本当に手出しができない。そんな人でした。
そんな父が脳梗塞で最後の言葉もなく死んでしまった。亡くなる1週間前に面会をしたときに、どういう教育方針だったのか聞いたんですけど、答えられなくて。すごく自分勝手な父親だったと今でも思います。
ただ、それは不器用の裏返しでもあると思うんですよね。曜の父親も不器用で、自分のことでいっぱいいっぱい。母親を亡くして、一人になった曜に対して突き放すような言葉を言ってしまったのも、人間的に未熟であり、子どものことをしっかり理解していなかったからなんですよね。
――曜のキャラクターをつくるうえで、一番気を付けたことはなんですか?
松谷:あまり美青年にならないように気を付けました。それに、私自身勉強があまりできなくて、クラスの中でも後からついていくようなタイプだったのですが、そういった自分の性格と重ねましたね。
――では、曜に対して感情移入しながら書かれた?
松谷:そうですね。私だったらどうするだろうと思いながら書いていました。
――本作の物語の構成としては、基本的には曜の独白で進んでいきます。ただ、その合間に関係する人物の独白が差し込まれていますが、そういった構成にしたのはなぜでしょうか?
松谷:曜一人だけだと、あまりにも独りよがりで、物語が狭まると感じたためです。もともと、登場人物もそんなに多く出てくるわけではなかったのですが、人間らしく恋もした方がいいと編集者さんからアドバイスをいただいりして、広がっていったという感じですね。
――先ほども少しお話しましたけど、曜の人生は壮絶ですよね。高校で母親をなくし、父親や親戚からもネグレクトされてしまいます。彼の孤立、孤独を描くというところで、松谷さんご自身の中でモチーフになったものはあったのでしょうか。
松谷:この物語を書くことになったきっかけの一つが、実はコロナなんです。このコロナ禍によって、たくさんの人が職を失ったり、収入が減ったりしてしまいました。その影響は国民全体に及んでいます。
でも、被害を一番被っているのは、子どもや高齢者といった弱者だと思うんです。私自身、子どもと高齢者が家で当たり散らされているという話を耳にすることがあって、人々のイライラが弱者に向けられているように感じるんです。
また、もう一つモチーフをあげるとすると、「子ども食堂」です。ドキュメンタリー番組をよく見るのですが、「子ども食堂」のような支援に辿り着ける子どもはまだいいほうだと思っていて、どこに助けを求めたらいいのか分からない子どもがたくさんいると感じるんです。
親からネグレクトされて、助けを求めている子どもたちはたくさんいる。そうした崩壊してしまった親子関係はいたるところに転がっているということを強く感じるんです。
――親子関係が崩れると、必然的に親が強者の側に立ち、子どもは弱者になりますからね。曜も弱者としての人生を歩んでいきます。
松谷:そうです。でも、これは彼がかわいそうだという話として書いたわけではないんですよ。いつ誰でも、彼のようなことが起こりうると伝えたくて書いたんです。
(後編に続く)
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