「私は、父親からの性的虐待のサバイバーだ」――。
そう告白するのは、性暴力被害当事者団体・一般社団法人Spring代表理事の山本潤さん。実父による性暴力は13歳から20歳まで続いたという。
本書『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日文庫)は、山本さんの約30年にわたる葛藤と再生の記録。
「被害を受け始めた13歳から、この本で書いたような内容を伝えられるようになるためには29年の歳月を必要とした」
本書は、2017年2月に刊行された単行本を大幅加筆して文庫化したもの。単行本は110年ぶりの刑法改正の後押しになったという。
2017年以降の3年間で、性暴力・性犯罪を取り巻く状況は大きく変わったそうだ。
たとえば、2017年5月にはジャーナリストの伊藤詩織さんによる性暴力被害の告発。6月には明治以降110年ぶりの刑法の性犯罪規定の改正。秋からはハリウッドの映画プロデューサーによる長年のセクシャルハラスメント疑惑に端を発した「#MeToo(ミートゥー)運動」の世界的な広がり......。
日本でも被害者がセクハラや性暴力被害を告発し、政府高官が辞任に追い込まれるなどの動きが。ただ、そのたびに「被害者批難」や「矮小化」も起こり、日本で「#MeToo運動」はこれ以上広がらないと言われていたという。
しかし、2019年3月に相次いだ性犯罪無罪判決への抗議をきっかけに「フラワーデモ(花を手にして性暴力に抗議する運動)」が始まった。
「被害者たちが声を上げ、性暴力の実態が知られるようになって、日本社会にも少しずつ変化が起こっています。(中略)性暴力の問題を解決するためには、理解ある人たちが一人でも増えることが大切です」
本書は「第1章 性暴力、が始まった」「第2章 刻印」「第3章 アルコールに溺れる」「第4章 セックスが怖い、けど止められない」「第5章 母と私の葛藤」「第6章 加害者の心」「第7章 『私』を取り戻す」「最終章 あなたは、春を信じますか?」の構成。
性暴力の事実、影響、刑法(性犯罪規定)改正に向けた活動などを紹介している(2017年以降の性暴力をめぐる状況の変化、性暴力を規定する刑法の課題を追記)。また、各章末の「性暴力被害者・サバイバーのためのガイド」には山本さん自身が前に進むときに役立ったという知識や情報も。
「父親からの性被害を経験した私自身の内面に焦点を当て、性暴力が一人の人間にどのような影響を与えるかを書いた。(中略)私個人の経験だが、性暴力被害者に起こりやすいことを中心にまとめたつもりだ」
2017年度内閣府の調査によると、日本で約13人に1人の女性(7.8%)、約67人に1人の男性(1.5%)が無理やり性交された経験があるという。この数字は少ないのか、多いのか。「私は『一人でもいればそれは多すぎる』と思っている」。
2014年4月、ホワイトハウスが「1 is 2 Many」という動画を公開して大きな話題を呼んだという。「『一人でもいればそれは多すぎる』。この言葉は私の胸を深く打った」。
家族にさえ言いづらい性暴力の被害。それを克明に綴った本書は、性暴力の実態をよく知らない読者には理解するきっかけに、被害を受けたことのある読者には「回復」に向けた何らかの助けになるのではないか。
読者のバックグラウンドによって、本書の受け止め方もさまざまだろう。どこを切り取って紹介しようか迷うが、最後に、父に向けられた感情にふれておこう。
両親が別れ、父と離れて性的被害は終わった。しかし、アルコール依存、感覚の麻痺、殺されたい衝動、セックス依存、母への怒り......と、その影響は長く続いた。そして30代前半、山本さんは「私を返せ」と怒っていた。もう会うことはない父に、こう呼びかけていた。
「(これは私の罪と恥じゃない。あなたのものだ。あなたの罪と恥をあなたに返し、私は自分の人生を生きていきます)それは内的な宣言だった。(中略)これが私の回復の始まりだった」
性犯罪・性暴力の報道に接するたびに衝撃を受ける。ただ、報道は現実に起こっていることの、ほんの断片でしかない。山本さんは「理解」という言葉を繰り返し使っている。なんとなくわかった気になっていたが、性暴力のリアルを1から知ることとなった。
「これが性暴力被害者が抱える現実なのかと驚かれるかもしれない。けれど、毎日の性犯罪・性暴力のニュースの背景には、その数だけそれぞれの闘いを引き受けながら生きている人たちがいる」
■山本潤さんプロフィール
1974年生まれ。性暴力被害当事者団体・一般社団法人Springの代表理事。看護師・保健師。13歳から20歳の7年間、実父から性暴力を受けたサバイバー。性暴力被害者支援看護職(SANE)として、その養成にも携わる。2020年法務省による性犯罪に関する刑事法検討会の委員に、被害当事者・支援者として初めて選出。性暴力被害者の支援者に向けた研修、一般市民を対象とした講演活動も多数行う。一般社団法人日本フォレンジック看護学会理事。
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