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元国税庁長官の読書プラス手料理エッセイ、あちこちに官僚の本音、正論。

元国税庁長官の俗物的料理日記

 官僚出身の作家は意外と少ない。経済産業省出身で活躍した堺屋太一は異色といってもいい。

 官僚は簡潔な文章を書く能力が要求される。余計な説明、感情が入ってはいけない。何兆円の事業でも、上司や政治家に数分で説明できなければならない。文章がうまく、正確に書ける官僚は多いが、文学の方向に進む人が少ないのは、この「簡潔な文章」が邪魔しているのかもしれない。

 著者の中原広さんは財務省では知る人ぞ知る「名文家」だった。財務省の広報誌「ファイナンス」に6年間連載したエッセイをまとめたのがこの本である。さぞかし堅苦しい、情緒のない文章かと思いきや正反対の、教養にあふれ、ユーモアがたっぷり、ついつい読み切ってしまう面白さがある。

 著者は東大法学部卒業後に大蔵省に入り、理財局長、国税庁長官と上り詰めたエリート中のエリートである。官僚としての職をこなしながら、週末の食事と読書の生活を書いている。大変なお酒好きで、週末にいかにしておいしくお酒を飲むか、そのためのつまみ、食事を自分で作る、これがこの本の主題なのである。

 土曜の朝起きてまず、さて今日は何を食べるかとスーパーに出かけ、お買い得の品を探す。どう調理するか、家族の嗜好も考える。そして、台所仕事を楽しんでいる。

 満腹すると昼寝、本を読む。彼の読書法は、図書館からたくさん借りて積んでおき、その時思いついたものを読む。古典から現代の小説、歴史ものなど様々な分野である。時のベストセラーは気にしていないようだ。

 エッセイに書かれているのは、この読書の蘊蓄、時々国を想うつぶやき、そして食を作る様子である。家族との話もごく普通の家庭で、この人が財務省のエリート官僚とは思えない、市井の人のように思えてくる。ところどころに役所の様子が書かれているが、民間企業のサラリーマンと変わらない、と思える。

 「もうすぐ3月14日である。近時は、職場の女性から2月14日に聖ヴァレンティヌスとは何の関わりもなく、ただのお義理でいただいたチョコレートの返礼日と認識する諸兄が多いようだ。中には相応の返礼品の選定に自信がないらしく、「お前に任すから気の利いたものを買ってこい」と職場の後輩に強引に委任する向きや、中には奥様に依頼する方もおられると聞く。それはともかくとして、私が3月14日に思うのは、やはり江戸城松の廊下の刃傷である。」
 「散歩の途中に歩いた商店街でも、飲食店は大半が休業かテイクアウト限定であり、書店もシャッターが閉まっている。商売を営んでいる方やそこで働く方たちはさぞや大変なことだろう。対策には、財政出動も必要だと思う。一方でわが国の財政状態は悲惨な状況にあり、コロナ禍以前から例年巨額の赤字を将来世代に付け回している状況だ。おじさん連のオンライン飲み会でくだ巻きながらコロナ対策を論ずるときは、『若い世代、将来世代には申し訳ないが』と前口上だけでもつけようと思う。」

 この日読んでいるのは「中国の歴史」(講談社)。漢の武帝による塩鉄専売制による税外収入などの財政政策のところだ。ここで、皇帝側と実務官僚の立場を単純化して考えている。内朝側は縁戚関係など皇帝との個人的な結合に基礎を置く。官僚機構の外朝側は法制度を重視する。前者は時の政権の求心力増大を最優先するので民心の動向に敏感。後者は安定性、永続性を重視するので不人気な政策を背負わせるのを厭わない。二千年前のことを現代と合わせて考えているところは、やはり財務官僚か。

 「ごろごろ生活の料理と食事以外の時間は、寝転んでネット配信の映画を観るか、本を読むしかないのだが、面白い映画や興味深い本にはなかなか当たらない。昨晩読んだ『義理と人情』(山折哲雄著)はよかった。尊敬する先輩から薦められた、京都在住の評論家による長谷川伸論である。」

 著者は長谷川伸にぞっこんである。役所で新入職員を数人連れて花見に出かけた時、酒の勢いで「日本人のこころは忠臣蔵と長谷川伸の戯曲にある」と演説した。ところが後輩たちは、「沓掛時次郎」「一本刀土俵入り」「瞼の母」さえ知らない。忠臣蔵を知らないものもいてがっかり。そして考える。世の中から負い目という観念が消え、臆面もない権利主張や外罰的な責任追及が溢れているのを見ると、「純呼たる日本人の生き方」が失われていると嘆く。

 著者は「家の者に言わせると料理日記ではなくて『おじさんの蘊蓄ひけらかし日記』なのだそうです」と書く。飲み屋で初老の男がだれも聞いていないのにつまらぬ蘊蓄を披歴している光景を思い浮かべて読み流してほしいという。

 飲み屋の客は、この酔っ払い、結構正論を話している、博識、料理も出来そうじゃないかと思う。本当に官僚だったの?





 


  • 書名 元国税庁長官の俗物的料理日記
  • サブタイトル・・・食欲とぼやきと蘊蓄と時々慨嘆の日々
  • 監修・編集・著者名中原 広 著
  • 出版社名霞出版社
  • 出版年月日2023年4月 3日
  • 定価2,200円
  • 判型・ページ数276ページ
  • ISBN9784876029020

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