仕事において、意気込みと結果がかならずしもリンクしないのは誰もが感じているところ。
力んだり、気負いこんだりすれば、視野は狭くなるばかり。逆に、力を抜いて状況を俯瞰したり、課題や問題に抗うのではなく、あえて流れに身を任せてみると、思いのほかいい結果が出ることがある。
電通でクリエイティブディレクターとして活躍しながら高野山で真言密教を学び、阿闍梨の位を授かるという異色の経歴を持つ元井康夫氏の『「がんばらない」という智恵~自分でできる働き方改革~』(辰巳出版刊)は、力を入れるばかりでなく、力を「抜く」働き方を指南する一冊。
抗わず、戦わず、こだわらずに成果を出す。そんな働き方ができたら最高だ。今回はご本人にお話をうかがい、その秘訣を教えていただいた。
――『「がんばらない」という智恵~自分でできる働き方改革~』は、普段仕事をしていてつい疎かになりがちなことがまとめられていてはっとさせられました。まず、この本でいう「がんばらない」の意味合いについて教えていただければと思います。
元井:この本でいう「がんばらない」にはいくつかの意味があります。1つは単純で「執着しないこと」です。何かに執着すると辛いですから、辛さをなくすには執着をなくすしかありません。これはよくお坊さんが言っていることです。
もう1つは、タイトルに「智恵」と入れた理由でもあるのですが、我々は「自然とがんばってしまう性質」があるんですよ。がんばるように作られているといいますか。
――それはすごくわかります。何もしていないと「何かやらないと」となりますよね。
元井:そうです。その性質を知ったうえで働くことが大事なのだという意味で『「がんばらない」という智恵』というタイトルにしています。
「無理してがんばらない」という価値観があることは、もうみなさんわかっていると思うんです。だけど、どうしてもがんばってしまう。がんばらないというやり方もあるのにがんばってしまうという性質があるのを承知したうえで、じゃあどうやって働いて、生きていくのかを考えるには、世の中の仕組みや成り立ちを理解する必要があるんです。
要するに、世の中はこういう風に回っているんだ、とか、人間にはこういう性質があるんだということが理解できていれば、変にがんばらなくて済むという。これは一つの智恵です。こういった意味を込めて、この本のタイトルをつけました。
――「執着しない」というところだと、元井さんがかつて在籍していた電通には「鬼十則」という仕事の教えがあって、その一つに「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは......。」というものがありますね。元井さんの考えはその教えと対極です。
元井:私は電通の教えには昔から大反対でしたからね(笑)。
――がむしゃらに突き進むのではなく、しなやかでスマートな仕事術だと感じました。元井さんがこうした働き方の大切さに気付いた転機のようなものがありましたら教えていただきたいです。
元井:もともと、子どもの頃から「がんばれ」とか「これはがんばるものだ」と言われたことを闇雲にがんばる感じではなくて、がんばることの目的を把握して、勝算を考えて、いけそうならがんばるというタイプだったんです。自分の性格とか環境を読んで、いけそうだと思ったらがんばるけど、そうでないところではがんばらないといいますか。
たとえば「宇宙飛行士になりたい」と思ったとして、なれるかなれないかわからないじゃないですか。そこで「実現できるかどうかわからないけど、がんばってみる」というタイプではなかったですね。
――クレバーな子どもだったんですね。
元井:クレバーというか、無駄なことはしたくなかったんです。
――そういう生き方・働き方というのは、会社員時代に普通に周りから反発されることもなくできていたのでしょうか。
元井:よく電通を外から見た方が「電通マンは全員バリバリで、体育会的な会社」ということをおっしゃるんですけど、そういう「いわゆる電通マン」という方は、全体の30%くらいだと思いますよ。他の人はうまくサボりながら働いています(笑)
――電通でクリエイティブディレクターとして活躍されていた元井さんですが、クリエイティブディレクターはクライアントやデザイナー、コピーライターなどの間で板挟みにやりやすいポジションです。ストレスを感じたりしたことはなかったのでしょうか。
元井:一人ではなくてたくさんの人がかかわる以上、自分の思う通りにはいかないわけで、そうなると当然ストレスは生まれますよね。ただ、それはクリエイティブディレクターだけではなくて、どの立場の人も同じだったはずです。
クリエイティブディレクターの仕事についていえば、関係者が多いと利害の衝突はやはり起きるもので、その中でどっちを取るか、どっちにつくかを判断して、反対する人を説得したり、あるいは飲みたくない条件を飲んだりするのが仕事です。それが好きかどうかというところですね。
私は、当然そこにストレスを感じていましたが、同時にカタルシスも感じていました。大きな選択をしたり、大きなものを諦めたり、大きく張った読みが外れたりといったこともたくさんありましたが、それは私にとってカタルシスでもあって、失敗したとしても達成感がありました。
会社の中で出世して、いつかは社長になりたいとか、何歳までに役員になって、ということを思っていたら「失敗は許されない」という気持ちになったのでしょうが、私はそういう気落ちはなかったものですから、失敗することにそこまで抵抗がなかったのかもしれません。失敗してもいいやと思えたのなら、あとは自分がおもしろそうな方を選べばいいだけなので。
――ただ、失敗してもいいとはなかなか思えない人が多いはずです。
元井:もともと成功するという保証もなければ、成功しないといけないという決まりもありません。本当は失敗してもいいし、もっといえば「わざと失敗する」という選択だってあるわけです。
「失敗してはいけない」というのもやはり執着です。どうしても出世しないといけないわけではないし、どうしても今度のコンペに勝たないといけないわけでもありません。この執着から離れられるかは、すごく大事なことのように思います。
(後編につづく)
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