私たちが、日々触れている膨大な情報の中から、真実らしきものを見抜き、起きていることの全体像を把握することは、年々難しく、そして手間がかかるようになっている
インターネットやSNSは情報発信のハードルを下げたが、その副作用が、フェイクニュースや断片的な情報をつぎはぎして作りあげた陰謀論が飛び交う今のウェブ空間である。
特に陰謀論は、「ケネディ大統領の暗殺はCIAによるもの説」「月面着陸は捏造説」「ダイアナ妃は事故死ではなく殺害された説」など、古くから存在している。今はそれが可視化されやすくなったことで、様々な人の目に止まり、拡散力が増したということなのだろう。今も昔も変わらないのは、陰謀論のとりこになってしまう人の心理である。
ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ客員研究員のロブ・ブラザートン氏による『賢い人ほど騙される『賢い人ほど騙される 心と脳に仕掛けられた「落とし穴」のすべて』(中村千波訳、ダイヤモンド社刊)は、こうした人々の思考回路の特性を挙げている。
一つは「表向きの話を嫌う」点だ。陰謀論は基本的に、巷に出回っている言説の裏側に秘められた真実を「暴く」というスタンスが取られる。そこには、政府や政治家、警察といった権威者への不信が常に介在している。具体的には、陰謀論を発信する人、それを信じる人は「当局が発信する表向きの話は、すべて彼ら大衆に信じ込ませたいストーリーなのだ」と考えるのだ。
もちろん「表向きの話」を鵜呑みにするのは危険だが、これは程度の問題だろう。あらゆる「公式発表」を「真実を隠蔽するためのカモフラージュ」と見なしていては、かえって真実を見失ってしまう。
陰謀論者の世界観はきわめて単純だ。
世界の権力者や、あるいは影の支配者は、世界を思いのままに動かすことができる、と信じている。
しかし、実際の世界は様々な人が様々な思惑で動き、誰もが誰かと相互に影響を受け合っている、複雑なものだ。そんな複雑な世界を思うままに操ることができる人(あるいは集団)など存在しえない。どんなに能力が高く、計画的で、組織的に人員を動員できる組織でも、メンバー全員の精神状態までを把握することはできない以上、「想定外の事態」も「予期せぬトラブル」も必ず生じる。思いのままに世界を動かすことなどできないのだ。
陰謀論者がよく使うワードが「誰が利益を得るのか?」だ。
ある出来事に裏事情がありそうだと感じた時、「その出来事で誰が得をするのか」を考えることでことの真相が見えてくる、ということである。そしてその結果、「得をする」のが民主的に選ばれたリーダーや医療関係者、あるいはメディアである、という結論に至ったりする。
ただし、世界は善か悪かにはっきりと色分けできるものではないし、現実は「得をする人」を追ったら行き着いた人がある出来事の「仕掛け人」だったというシンプルな構図で表せるものばかりでもない。「善か悪か」「得をしている=裏で糸を引いている悪人」といった単純な図式で物事をとらえやすい人ほど、陰謀論とは相性がいいのだ。
◇
いまや世界の隅々にまで行き渡っている陰謀論。
情報に対して疑り深くあるのは現代では必須のリテラシーであり、その意味では陰謀論者とそうでない人の違いは紙一重だともいえるのだが、とはいえ疑り深さがあまりに行き過ぎると自分の身の回りのことを何も信じられなくなってしまう。「陰の支配者が牛耳る世界」も地獄だが、こちらもまた地獄だろう。
溢れかえる情報に踊らされずに、どうやって物事の本質を掴んでいくか。本書が私たちに示唆するものは大きい。
(山田洋介/新刊JP編集部)
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