2月1日未明にミャンマーで起きた政変は日本でも大きく報道されている。
与党指導者だったアウンサンスーチー氏ら政府要人が軍によって拘束され、その軍がミャンマー国内の三権を掌握した。軍によるクーデターである。
クーデターというと、日本ではあまり縁がないイメージがあるが、決してそんなことはない。日本史で勉強する「二・二六事件」は陸軍によるクーデター未遂だし、1970年には作家・三島由紀夫が自衛隊に対してクーデターを呼びかけるという事件もあった(三島事件)。
世界を見渡すと、2016年のトルコ(未遂)、2019年のベネズエラ(未遂)、2020年のマリ(成功)と、たびたびクーデターは起きていることがわかる。決して珍しいものではなく、だからこそ、そこには理論と経験知の蓄積がある。
政府の転覆はかなり難しい。そもそも政府というのは、軍隊、警察、そして公安機関のような国防のプロたちによって守られているだけでなく、さまざまな政治勢力から幅広く支持されているからだ。(『ルトワックの"クーデター入門"』P94)
国際政治学者のエドワード・ルトワックが、過去に起きたクーデターの事例から、クーデターが起きるタイミングや手法、計画についてまとめた『ルトワックの"クーデター入門"』(芙蓉書房出版刊)では、大前提としてこんなことが書かれている。
クーデターは難しい。ただし「革命」よりは痛みが少ないとはいえる。
混同されがちだが、クーデター(支配階級の内部での権力移譲)と革命(被支配階級が支配階級を打倒して社会変革をすること)は違う。
革命家は既存の政治勢力の力を破壊することが必要となるが、クーデターの場合は、既存の政治勢力や防衛組織(軍・警察など)を味方につけたり中立化するという選択肢がとられる。必然的に、クーデターの場合は事前準備や根回しがかなりのウエイトを占めることになる。
そして、ルトワックは「クーデターの実行には最高のスピードが必要」としている。国家の転覆を試みている主体が誰なのかを権力者側が把握する前に、あるいは権力者側が反乱なのか暴動なのか、外国勢力による侵略なのかわからずに混乱しているうちに権力を奪ってしまうことが必要となる。
時間がかかればかかるだけ、クーデター実行者側が不利になる。権力者側は対抗措置を講じやすくなるし、事態を把握した諸機関や国民がそれぞれの立場を表明し、賛成反対が入り乱れてしまうと、クーデター後の政権運営に支障をきたしてしまうからだ。
だからこそ、ルトワック氏は「クーデターには実行段階で犯したミスを修正するチャンスはほとんどない」としている。軍事クーデターの場合は、これが通常の軍事行動との大きな違いである。
意外なのは、軍や警察、公安機関といった防衛機関は、実際にクーデターが起きてもなかなか介入できないとしている点だ。彼らは遠隔地にいたり、分散して配備されていたり、訓練や装備が十分でなかったり、専門家されすぎていたりする。クーデターの実行者が、セオリー通り「電光石火」を実践する限り、彼らはクーデターになかなか対応できないのだ。
◇
ただし、クーデターには国によって成功しやすさが違う。国民の一定割合が政治に関心を持っており、選挙などを通じて政治に参加している国では、クーデターそのものは可能だが、その後の政権への反発が起きやすい。こうした国の国民は(現在の政権を支持するかは別として)政府が合法的に作られたことは理解しており、その正統性は指示しているからだ。
本書のテーマは「クーデター」だが、クーデターを理解するためには「権力」や「政府」が何によって担保されていて、なぜ存続できているのかを考えることが欠かせない。私たちが普段深く考えることなく従っているものの正体について思いを馳せてみるという意味でも、本書は一読に値する刺激的な一冊だといえる。
(山田洋介/新刊JP編集部)
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