突然会社に行けなくなる。休みがちになる。業務の進みが鈍くなる。
こうしたメンタル不調は突然やってくるものではない。必ず兆候があるものだ。会社としてメンタル不調者のケア、そして不調者を出さないための仕組み作りをしていかなければ、根本的な改善にはつながらない。
今回は『IT技術者が病まない会社をつくる』(言視舎刊)を上梓したベリテワークス株式会社代表の浅賀桃子氏に、特にIT業界において、「病まない会社」をつくるためにはどうすればいいのかをうかがった。
浅賀氏自身もカウンセラーとして活動しており、その経験がふんだんに盛り込まれている。
インタビュー後編ではメンタル不調を招かない組織の作り方について聞いた。
(新刊JP編集部)
――本書はメンタルマネジメントの中でもIT業界に特化して書かれています。IT業界特有のメンタル不調にはどのようなものがありますか?
浅賀:構造的な部分で言うと、下請け企業では、「客先常駐」という毎日客先に出勤し、そこで仕事をして退社するというやり方が多くあるのですが、これが大きな負担になっているのではないかと思います。客先では自分でコントロールできることが少なくなりますし、常に上司が見てくれているわけではありません。不調が見逃されてしまうことも多いんです。
また、多重下請け構造についてもこの本で書いています。最初に見積もったスケジュールではどう考えても間に合わないものの、納期を後ろにずらすことができないために下請け企業が長時間労働をして対応することになります。上流の企業は発注先である下請け企業の社員に対して労務管理をする法的責任を負いませんから、長時間労働、さらにはメンタル不調も発生しやすくなるということですね。
――メンタル不調者を早期に発見して対策を打つことが大事だと思いますが、会社としての動き方のポイントはどこにありますか?
浅賀:普段からいかにその人を見ているかということが大事です。それも、なんとなく見ているのではなく、注意深く見る。服装がいきなり適当になったり、髪型やメイクもいつもと違っていたり。そういう違いに普段から気づけるかが大事だと思います。
見た目の変化は何かしらの心情の変化を表しています。その変化が、もし適当さを醸し出しているとしたら、たとえばバッチリとメイクをしていた女性が、ほぼスッピンみたいな状態で出社するようになったとか、メイクなんてどうでもいいみたいな感じになっていたとしたら、それはもしかしたらメンタルの不調とつながっているかもしれません。
――なるほど。変化に気付くことが大事と。ただ、上司も忙しいとなかなか部下の変化に気づきませんよね。
浅賀:そうですね。今の上司の立場の人たちはプレイングマネージャーが多いので、どうしても部下の隅々の変化までチェックしきれないところはあると思います。でも、部下がパフォーマンス高く働けているかをチェックするのが本来の上司の仕事ですから、「忙しい」を言い訳にしたままというのはよくないです。
――メンタル不調者を出さない会社作りをするためにはどうすればいいのでしょうか。
浅賀:これをやれば絶対にメンタル不調はなくなるというものはありません。ただ、組織全体として、上司自身が忙しすぎて部下のことに気を配れないような状態は、構造上の問題があると思うので、そういうところから改めないといけないと思います。
だから、まずは上司や管理職にあたる人がメンタルヘルスの最低限の知識を持っておく。そして、何かあったときに溜め込ませないで、相談して「ちょっとしんどいです」と言えるような会社にしていくことはすごく大事ですね。
また、どうしても忙しい時期ってあると思うんですね。そんなときは、このプロジェクトは何月までと区切る、来月になったら新しい人が入りますと人をアサインする、そうやって期限を設定しながらそこまでは一緒に頑張ろうと鼓舞すると、だいぶ違ってきますね。
――本書に書かれていた「心理的安全性」はすごく重要だと思います。コミュニケーションが滞ると業務自体に影響が出てしまいます。
浅賀:そうなんですよね。たとえば、悪いことほど早く報告するということも、新人の頃から言われていると思いますが、やっぱり言いにくい。そして、溜め込んでいってしまうと、メンタルを病んでしまう。
言って大丈夫なんだという感覚がつくれているかどうかですよね。これは新人時代からちゃんと報告することの大切さを伝えられているかどうかだと思います。また、周囲の人たちも悪い報告をちゃんとしていると、少しずつ自分も大丈夫だと思えるようになっていくのではないでしょうか。
――そういう積み重ねがメンタル不調を招かない組織づくりに通じていく。
浅賀:はい。上司側の伝え方はすごく大切で、時には人格否定みたいなことを言ってしまう人もいます。そうなると、部下は塞ぎ込んでしまい、メンタルの不調を招きやすくなります。
――これまで浅賀さんが見てきて、これは良い対策だなと思う事例がありましたら教えてください。
浅賀:やはり上司が部下のケアをしっかりやっている、一人ひとり部下とお話をして、ここが良いよね、ここはもう少し改善しないとね、というフィードバックをしっかりしている会社の人は病みにくいです。
また、「溜め込まずに」という話をしましたが、福利厚生としてカウンセリングを受けられる体制を整えて、上司に直接言いづらいことを言える場を作ったり、助けを求められるようにしている会社は、仕事がかなり忙しくても不調者を出さずに乗り越えられるような気がしますね。
――なるほど。確かに助けを求めたい時に声をあげられるって大切ですよね。
浅賀:声をあげられない状況がすごく多いんです。「最近、離職者が多いから話を聞いてほしい」ということでお声がけいただいた会社の人事と話すと、社員が急に退職届を持ってくる、と。そこで関わらせていただくと、会社の中に辞める兆候があるんです。そこに上司が気付いているのかいないのかは分からないのですが、その部下からすると「あの上司に言っても無駄だから」となってしまっているのかもしれません。
退職理由は「一身上の都合」ということが多くて、本音ベースの理由はなかなか会社に上がってきません。でも、カウンセラーをしていると、その部分も多少聞いたりできます。そこでは、「会社に働きかけようとしても、聞く耳を立ててもらえない」とか「上司を見てても自分の5年先のキャリアプランが想像できない」みたいな話が出てくるんです。
――やはりコミュニケーションの部分で壁があるような感じがしますね。浅賀さんが経営されているベリテワークスでは、メンタルマネジメントの面でどのようなことを実践されていますか?
浅賀:弊社ではテレワークの人も出社している人もいます。また、チャットツールに雑談部屋を設けて、そこに上の立場の人が進んで書くようにしていますね。それも、かなりくだらないことを書いています(笑)。そうすると下の人間も「こんなこと書いていいんだ」と書きやすくなるんじゃないかと。
私の場合はスヌーピーが大好きなので、ちょっとしたスヌーピーの話を書き込んでいます。若手スタッフたちからは「また社長がスヌーピーの話をしているな、やれやれ」くらいに思われるくらいがちょうどいいなと思っています。
――声をあげるハードルを下げるということはすごく意識されていそうですね。
浅賀:そうですね。あとは、会社の取り組みとして、診断ツールで出た社員それぞれの特性を参考にしながら、この人とこの人を組ませるチームが上手くまわるんじゃないかということを考えたりしています。
また、IT業界は技術の進みがすごく速くて、新しいツールやサービスがどんどん出てきます。そのスピードに合わせて若い人が「こういうツールを使いたい」「こういうサービスをやりたい」と声を上げられないのはすごくもったいないですよね。
やるやらないは経営判断になりますが、言ってもらうことがまず大事だということで、それは意識するようにしています。
――『IT技術者が病まない会社をつくる』ですが、どのような人に読んでほしいとお考えですか?
浅賀:メインターゲットとしては 、IT企業の管理職や人事の方。特に会社を変えられる立場にある人でしょうか。一般社員が変えられないというわけではないですが、変えたいと現場が思っても制度に邪魔されるということがあると思うので、制度を取り入れる判断ができる人に読んでいただいて、会社をどんどん変えていってほしいです。それに、経営陣の方々にも、メンタルのことに関してもう少し理解をしていただきたいですね。そして、この業界をもっと良い環境にしていただきたいです。
また、IT業界以外の業界の方々にも役立つことが書かれているので、ぜひ読んでほしいですね。メンタルヘルスのことを学ぶ機会はなかなかないと思いますし、最低限、自分のメンタル維持についても、この本から学ぶことはあるはずです。ぜひいろいろな方に読んでいただいて、本書を役立ててほしいなと思います。
(了)
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