人は自分に余裕がない時ほど、他人に対して寛容になれず、優しさを持てないもの。ギスギスした言葉が飛び交う今だからこそ、身の回りにいる人や、自分の想像の外にいる「誰か」に優しくありたいものだ。
『小節は6月から始まる』(幻冬舎刊)は、シングルマザーとして喫茶店を切り盛りしながら幼い子どもを育てる主人公が、彼女を私心なしで支える周囲の人々との交流を通して成長していく様子を描く。本来持っていたのに、いつのまにか忘れがちになった優しさや気づかい、思いやりについて思い出させてくれる一冊だ。
今回は著者の青山太洋氏にインタビュー。この物語に込めた思いについて語っていただいた。
――『小節は6月から始まる』はドキドキハラハラするというよりは、心がゆっくりと温められていくような印象を持つ小説でした。青山さんがこの小説を書こうと思ったきっかけがありましたら教えていただきたいです。
青山:私は小説を書く時、文学の基礎知識がないために、頭に浮かんだ構想を映像化してから文字に置き換えています。小説の映画化とは逆に、映画の小説化とでもいうのでしょうか。
その構想群の中には、斜め上に手を伸ばせば届きそうなところにある非現実の世界を、オカルトやホラーでなく、今生きている日常と重ねるアイデアがありまして、この小説はそのアイデアが形になったものです。
――頭に浮かんだ構想を映像化してから小説にするというところで、最初に頭に思い浮かんだシーンはどのようなものだったのでしょうか?
青山:喫茶店のシーンですね。なんとなくですが喫茶店が頭に浮かんできて、そこでのお客さんのやりとりなどもイメージできたんです。三人くらい、この小説の主人公のお父さんである慶三の旧友たちがカウンターに座って、話しているところが浮かんできたので、喫茶店をこの小説の舞台にしようと考えました。
――小説の舞台となっている横須賀の喫茶店「マートル」ですね。横須賀という土地は何か縁があるんですか?
青山:学生の頃にあのあたりに住んでいたんですよ。といっても横須賀市ではなくて、横浜市との境界の横浜側でしたが。横須賀の街は好きです。
――青山さんにとって、一番思い入れのあるシーン、気に入っているシーンについて教えていただければと思います。
青山:慶三が2度目の別れを告げるシーンです。私にも娘が3人いまして、何かあった時には(あってはいけないのですが)、彼のように強く振る舞い、その強さを負担にならないようにさりげなく隠したいものです。そんな憧れを込めて書いてみました。
――私は冒頭の幼い優輝が大人を完璧に言い負かすシーンが好きです。映像が鮮明に頭に浮かぶシーンでもあります。
青山:ありがとうございます。本当に映像にしたら子役がすごく大変そうですが(笑)。
――優輝が母親である未代の元彼氏の園井とラグビーボールでキャッチボールをする場面も印象的でした。優輝だけが自分と園井の本当の関係をわかっているという。
青山:そうですね。もう二度と会えないかもしれないということで優輝が見せた優しさです。
(後編につづく)
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