日本で暮らしていると、自分から近づいていかない限り「哲学」も「哲学書」も触れる機会は少ない。
難しい。
分厚い。
何に役立つのかわからない。
こんなイメージもあってなかなか手が伸びない哲学の本。どことなく「一見さんお断り」の趣もあって、余計に敬遠してしまう人もいるはずだ。
しかし、物事を考える土台になってくれたり、現実の問題を考える材料をくれたりと、哲学は「実生活に役立たないもの」では決してない。それに哲学者の思考や言葉は、時に勇気を与えてくれたり、気持ちを前向きにしてくれることもある。
そんな哲学を「すべての人に必要なもの」と考える国がフランスだ。フランスの高校では文系理系問わず哲学は必修。大学入試資格試験でも哲学の筆記試験がある。『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』(草思社刊)は、彼らが学んでいる哲学者についてシンプルに、要点を抑えて解説していく。
たとえば、日本でも比較的著作が読まれているニーチェは、その思想の難解さから予備知識なくチャレンジすると挫折しやすい。本書ではニーチェの思想について
ニーチェは、人格や性質について各人の奥底には常に変わらない確固たる核があるという考え、つまりアイデンティティという概念そのものを批判していた。(P126より)
としつつ、ニーチェが備えていた3つの顔を整理してその思想に迫っていく。
一つは形而上学者としてのニーチェ。『悲劇の誕生』のなかで普遍的原初的真理に「ディオニュソス」という名をつけ、その真理が人間の目に触れる形を「アポロン(美と外見の神)」と呼んだ。
真理がどこで人間の目に触れるかというと、一つには芸術があり、なかでもギリシャ神話をモチーフとした古典演劇があった。「人間の恐怖と苦しみは神からあらかじめ与えられたものではなく、私たちの存在そのものが悲劇である」というのがニーチェにとっての真理だった。こんなつらい真理と、人間はまっすぐ向き合えない。だからこそ芸術があり、直視するのがつらい真理を美しい形で見せてくれる古典演劇がある、というのがニーチェの考えである。
第二のニーチェは「破壊者」としての顔だが、このニーチェは第一のニーチェを真っ向から否定する。宗教、科学、言語、など、あらゆる偶像を批判し、破壊したからだ。
つまり、第一のニーチェでその役割を認めていた芸術や哲学そのものも第二のニーチェでは否定されるのだ。普遍的原初的真理を見出した第一のニーチェが、第二のニーチェでは、真理を信じる人間は現実の多様性に向き合うことを恐れ、偽りの真理を崇めることで逃避しようとする弱虫だと批判されてしまう。
第三のニーチェは、預言者であり詩人であり、説教者としての顔だ。このニーチェは「永劫回帰」「力への意志」「超人間」という新しい概念を詩的で警句的な言葉で投げかけ、すべての偶像から解放された新しい時代を期待した。
難解なニーチェも3つの顔で分けて考えると、矛盾していると思えるところや不可解なところこそあれ、整理してその思想に迫ることができる。本書ではニーチェの他にもプラトン、アリストテレス、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、キルケゴール、フロイト、サルトルと、10人の哲学者の思想を、哲学に触れたことがない人にもわかりやすく教えてくれる。時代を経て哲学がどう変化してきたのかという、現代に向かって行きつ戻りつしながら進んできた思想の変遷が理解できるのもおもしろい。
難しい。
分厚い。
何に役立つのかわからない。
本書を読んだらきっとそうは思わないはずだ。
(新刊JP編集部)
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