本を知る。本で知る。

銀座無印良品で博報堂が創刊イベント。「1円雑誌」に込めるメッセージとは。

 大手広告代理店の博報堂は、雑誌『広告』を2019年7月末にリニューアル創刊した。雑誌の全体テーマは「いいものをつくる、とは何か?」。
 全680ページで価格は「1円」。都内の書店ではほぼ売り切れ。ネットでは高値で取引される話題作だ。そんな創刊号の特集は「価値」。
「1円」×「価値」が発するメッセージとはいったいなんだろうか。

kachi_main.jpg
雑誌『広告』を手にする塚本晋也さん(左)と小野直紀さん(右)

 『広告』編集長の小野直紀さんは、創刊記念として、多彩なゲストを招いて「価値」をテーマにトークイベントを行っている。
 7月31日には、銀座の無印良品を会場に、映画監督の塚本晋也さんを迎えて『「価値あるもの」を生み出し続けるために』と題したトークイベントを開催。司会進行は株式会社良品計画で「MUJIBOOKS」を担当する清水洋平さん。会場は満席だった。

 小野さんによる『広告』の紹介からトークがスタート。今回「モノづくり」という大きなテーマに着目したのは、小野さんが以前にタミヤ模型(株式会社タミヤ)の田宮俊作会長の話を聞いたことがきっかけの一つだという。

 「田宮さんのお話では、まだ日本製品の高品質性が海外で認められる以前の時代、自社製品が海外でまったく評価されなかった。その時に同社がとった対応が平日や休日の営業時間のアナウンスなど、お客様窓口の充実だった。」
 「高品質のものを作るときに、最初に着目したのが、カスタマーサポートだったことに衝撃を受けた。」
 「お客様のフィードバックをプロダクトに反映させていくループの大切さに気付かされた。」

 小野さんは以前からも「作って終わりではない」という意識は持っていたが、改めて、顧客意見のフィードバックという視点に気付かされたという。小野さんは続ける。

 「広告は受託業務なので、作って納品して終わり。となりがちで、でも、そうじゃない」


onosama1.jpg
『広告』編集長の小野直紀さん

価格によって価値が決まるのは変な話

 続いて、塚本さんからは「1円」という値付けについての質問があり、小野さんから流れるように熱のこもった言葉が繰り出された。

 「この雑誌は、広報誌ということもあって、収益事業ではないということもあります。広告宣伝を目的にしてはいますが、会社からは博報堂を背負わなくてもいい。何でもやっていいといわれました。」
 「そこで、この雑誌のテーマである価値を考える入り口となるような値付けをしようと、通貨の最小単位である1円(としました)。」

 また、小野さんは最初から分厚い本にしようと決めていたそうで、分厚い本が1円。そのギャップで『高いものがいいもの』という価格と価値とがあたかも連動するように混同されている状況に疑問を投げかけている。

 

 「価値によって価格が決まることはあっても、価格によって価値が決まるのは変な話」
 「価値のありそうなものを、価値のなさそうな価格で売ることによって考える入り口を作ろうと思った」
と小野さんは語った。


自分で出演するつもりはなかったが、次につなげる、生み出し続けるために出演

 ゲストの塚本晋也さんは、作品「野火」に自らも出演している。「野火」は、作家の大岡昇平さんの同名小説が原作で、第二次世界大戦のフィリピンでの日本軍の苛酷で悲惨な状況を描いた作品。50年前にも市川崑監督で映画化されているが、塚本さんの作品は、リメイクではなく、原作から塚本さんが感じた世界を形にしたもの。

 塚本さんは数度の挫折を超えて「野火」を作品化したという。
 「野火」の原作を読んだのは10代のころ。最初に映画にしようと動いたのは30代だったが実現しなかった。その後も動き続けた。

「40代でフランスの映画企画会社にプレゼンしていいところまでいったが、そこでも通らずに挫折しました。」

 しかし、塚本さんは挫折しても、一人でも作品を撮ろうと決意する。
 「野火」はお金のかかる大型の作品なので、知恵と頓智で工夫するモノづくりに50代で着手した。戦争体験者の高齢化が進む中、再び戦争が起きてしまわぬように記憶の継承への熱意から、早く作品化したいという思いも抱いていたそうだ。

tsukamotosama600.jpg
映画監督で俳優の塚本晋也さん

 小野さんから質問が出る。

 「自撮りで映画を撮影しようとしたんですよね?」
 塚本さんは言う。
 「(低予算化のためには方法は)2つあると思いました。ひとつは自撮り。もうひとつはアニメーション。アニメーションは、1シーンをテストしましたが、膨大な時間がかかるので、自撮りの方法にしました。最終的には、スタッフがついてくれて、自分で撮らなくても済みましたが。」

 低予算で作る工夫としては、フィリピンの現地ロケは少人数でたくさん撮りためて、俳優さんの登場するシーンや爆破シーンは国内で撮ったそうで

 「フィリピンの自然を背景にしたシーンから振り返ると、深谷市で撮影したシーンがあって、よくつながったなぁと思います。お金がないと際限なく頭を使う。」
 知恵と頓智のモノづくりだと塚本さんは語った。

 映画「野火」は、さまざまな工夫もあって、戦後70年目の年に公開された。
 フィリピンの美しい景色の中で、兵隊がボロボロになっていく。壮絶で悲惨な史実を世に伝承する作品だ。

 今回のトークイベントのテーマ『「価値あるもの」を生み出し続けるために』という視点で、印象に残ったエピソードがある。

 塚本さんは、本作に自分が役者として登場するつもりはなかったが、撮影中に、自分が役者として出演する次の映画の仕事が決まったので、次につなげる意味で自らも「野火」に出演しようと思ったのだという。

 小野さんは、塚本さんが作った過去の作品も「野火」につながっている要素があり、「野火」の製作においても次の作品へのつながりを意識した塚本さんについて、

 「監督であると同時に、演者でもある塚本さんの、作り手(側)として全うしていこうという人生観に気付かされ」
「価値あるもの」を生み出し続ける塚本さんに、今のタイミングでお会いしてみたかったのだという。

 なお、塚本さんの監督作品「野火」は、終戦記念日の8月15日に渋谷のユーロスペースで上演される。

 BOOKウォッチでは小野新編集長の著書『会社を使い倒せ!』(小学館集英社プロダクション)も紹介済み。

新着記事の一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?