「賢者は歴史に学ぶ」と言われるし、「歴史を紐解けば未来の予想がつく」と言う人もいる。 こんな言葉の裏側には、「時代は変っても、人間の営みの根本は大きくは変わらない」という考えがあるのではないだろうか。
だからこそ、歴史から未来に生きる知恵を学ぶことができればすばらしいし、逆にそれができなければ先人が犯した失敗を自分も繰り返すことになる。では歴史から我々は何を学べばいいのだろう?
『Lock on!近代史』(幻冬舎刊)はそんな疑問に答えてくれる一冊。近現代という激動の時代を紐解き、正しく理解することで、現代日本の課題や進むべき道が見えてくる。今回は著者の坂木耕平さんにインタビュー。もしかしたら、日本人は歴史から学ぶことが苦手な民族なのかもしれない。そんな気持ちになるお話をうかがった。
――『Lock on!近代史』を書かれた動機についてお話をうかがいたいです。
坂木:一番は今の日本社会に抱いている危機感です。私は今年63歳になるのですが、戦後の日本が実際にたどってきた道を振り返ってみると、大日本帝国が戦前戦中に犯した「あやまち」や「失敗」がきちんとした総括もされず、きちんと反省もされずに今も繰り返され、現代の社会にもそっくり受け継がれていると感じています。
一部の学者や作家は、「歴史の反省を教訓にしよう」というメッセージを出していますが、残念ながらそれらは、多くの人の心に響かなくなっている。
――なぜ総括がされなかったのでしょうか。
坂木:日本人が高度経済成長の「成功体験」に酔って「成功の陰にある反省や教訓」を見ようとしなくなったということでしょうね。そして、国の力が低下し、様々な不都合が浮き出てくると、見たくない事から目をそらして見なくなり、「現状維持」や「安定志向」になってきた。
多くの人が、何となく「このままじゃまずいんじゃないか」と思っているでしょう。でも、薄々それに気づいていながら、そのヤバさを誰も指摘しないし声を出そうとはしません。なぜなら声を出すと、村八分にされ、社会からのけ者にされる。時には「非国民」や「売国奴」と呼ばれる。それが怖いから、みんな沈黙するようになった。それが現実です。
でも、これじゃさすがにまずいでしょう。だから、もっとひどい世の中になる前に、「失敗から得られる歴史の教訓」を、とくに若い人たちに届く形で誰かが発言すべきだと思いました。誰もやらないなら自分でやろうということで、今回の本を書きました。
――文字だけでなく漫画もありましたが、ご自身で描かれたんですか?
坂木:そうです。表紙以外は全部自分で作っています。
――熱量がすごいですね。日本の国力が落ちているというのは、おそらく誰もが気づいてはいるのでしょう。そうなると不思議なのが、最近よく見かける、日本を過度にほめたたえるような歴史認識に基づいた情報です。
坂木:私は世代的に高度成長期に少し触れているのですが、道路がきれいになったり高いビルができたりといったことを目の当たりにして、社会がどんどん豊かになる実感があるわけですよ。若い人がたくさんいて、将来に希望が持てました。
ただ、その時代が終わって、今度は中国やアジアの国が台頭してきました。高度成長の後のやり方に改めることもなくぼーっとしているうちに、中国や韓国がどんどん抜いていった。そうなると日本人にも焦りが生まれますから「日本は世界に強い影響力を持っていて、こんなにすごい国なんだ」と思って安心したい心理になるんだと思います。一種の現実逃避ですよね。
――坂木さんが感じている日本の歴史教育についての問題意識についてお聞かせください。個人的には、社会人になってからは意識的に学ばない限りほとんど歴史に触れる機会がない点や、若年層の歴史への関心が低下しているように見えることが気になっています。
坂木:日本の歴史教育は、暗記重視の詰め込み教育ですよね。歴史教育で大事なのは、過去の出来事から未来への教訓となることを学ぶことなのに、それができていないと感じます。
最たるものが明治維新以後の近現代です。現代につながる重要な時代なのに、学校の歴史の授業は古い方から順を追っていきますから、どうしても学年の最後の方に、時間に追われてささっと済ますことになりがちです。
――わかります。三学期に駆け足でやるという。
坂木:個人的には歴史の授業は近現代史から勉強するべきだと思います。現代の「民主主義」や「人権主義」にたどりつくために、どんな道筋をたどってきたのかをもっと知るべきでしょう。
また、今後の生き方の羅針盤になるという意味で、歴史のような「生きた教科書」は他にありません。だからこそ、日本にとって都合の悪いことも、包み隠さずに教えていただきたいと思っています。
――また、日本の侵略史の認識などがそうですが、極端なものも含めて様々な歴史認識が乱れ飛んでいて、どれを信じていいのかわからず、歴史そのものから遠ざかってしまう人は多いのではないかと思います。歴史を学ぶ際の、見通しの悪さや雑音の多さについてご意見がありましたらうかがいたいです。
坂木:現代はインターネットなどで自分の意見に合ったものを見つけて「いいね」をする時代ですから、ある歴史上の出来事を知った最初のきっかけの時点で、おかしな思想に触れたり、その時の気分で「いいね」と思える考えに染まってしまうと、それが「刷り込み」になってしまう危うさがありますよね。
特に今は「極論」が受ける時代です。「南京事件はなかった」と断定されると「そうなんだ、知らなかった」と目からウロコのように思ってしまう。あるいは強い口調で極論を言う批評家や政治家の意見を、まるで神様の言葉のように感じて、そのまま受け取ってしまう。
本当は極論に触れたら「これは危ないな。そのまま信じない方がいいな」と思った方がいい。でも、疑うためにはある程度の知識が必要です。そのためには、回り道になるけども、歴史について信頼できる資料を読んで、様々な人の主張を見比べてみるしかない。それが歴史を自分で判断する力を養う唯一の方法なんです。
――出来事の解説だけでなく、時代の流れを抑えているのでわかりやすかったです。執筆・制作過程で心がけていたことについて教えていただければと思います。
坂木:「歴史の教訓を現代に活かす」ということを一番に主張したかったので「日本はすごい」的なことはあえて書きませんでした。そういうことを書いた本はたくさん出ていますから。その代わりに日本人のダーティな暗部をできるだけシンプルに書こうと思っていました。そのためにマンガやイラスト、図表を多く入れて、登場人物が対話を通して歴史の事実に迫っていく形式にして、若い人に少しでも目を向けてもらえる工夫をしています。
また「歴史が大きな流れとして理解できるようにする」ことも大きなテーマでした。一部のローカルな紛争を取り上げて「中国が悪い」「日本が悪い」という犯人捜しをするのではなく「そもそもこの紛争はこういう理由で起きたものだよ」という、源流に立ち返って解説することにこだわっています。
たとえば南京事件だけを見て、どちらが悪かったのだと今話しても意味がありません。そうではなくて「そもそも日本はなぜ日本は中国大陸に進出したのか」という原点を問うことが大切だと考えています。
(後編につづく)
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