コロナ禍は企業活動にも大きな影響を及ぼしている。
外出自粛や時短営業の要請などによって、ビジネスの形を変えざるをえなくなった会社も多い。コロナ禍をキッカケに生まれた新しい生活様式は、あらゆるビジネスに多大な影響をおよぼすはずだ。
そうした外的な変化に対応すべく、組織の変化が要求されるわけだが、これがなかなか一筋縄ではいかない。他社の事例を真似てみてもうまくいかず、社内の硬直化している現状を打破できない、なんていうことが多くの会社で起きている。
一方で幾多の危機を乗り越えながら成長を続ける企業もある。たとえばリクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクといった日本を代表する企業もそうだ。
その3社を渡り歩き、現在は組織戦略の専門家として活動する松岡保昌氏が上梓した『人間心理を徹底的に考え抜いた「強い会社」に変わる仕組み』(日本実業出版社刊)には、組織変革を進めるための本質が書かれている。
では、危機を乗り越え、なお成長し続ける会社になるためにはどうすればいいのか。
松岡氏へのインタビュー後編では、コロナショックを乗り越えるために必要なことについて提言をいただいた。
(新刊JP編集部)
――危機を乗り越えるためには「強い会社」に変わっていかなければいけません。そこで仕組みや制度を変えて、施策を打っていくわけですが、その一方で変化を嫌う社員も出てくると思います。
松岡:そうですね。変わりたくない人はもちろんいて、それが経営層や幹部層にいるとさらに厄介です。自分の反対意見に賛同する人たちを集めて、社長に直訴することもあり、そこで社長がブレてしまうと改革は立ち行かなくなります。
ただし、もし抵抗勢力が生まれても、すぐに彼らを敵視してはいけません。まずはオープンに議論をしましょう。「なぜ、変わらなければいけないのか」を伝え続けることで、やがて賛同してくれるようになることも多いです。
――なるほど。すぐに排除しようとするのではなく、ということですか?
松岡:すぐに排除しようとしてはいけません。変わりたくないのはむしろ人の本性。その人たちの気持ちをいかに動かすかが問われるのです。もちろん周囲に負の影響が出ないような工夫は必要です。うまく変革を進めるためにシナリオを描くことが重要です。例えば、影響力のありそうな人から巻き込んで良い方向に向かわせるというのも1つの方法です。
――また、会社の変化に対応しようとしてもできない、変化についていけないという人もいると思いますが、そういう人たちがいる場合はどうすればいいのですか?
松岡:私の考えとしては、変わる方向に努力をしてくれる人は、みんな組織の中にいていい人たちだと思います。もちろん変化にすぐに対応できる人、そうではない人と分かれると思いますが、変わるために努力をしてくれているという事実が一番大事なんです。
人の成長って面白くて、直線的ではないんです。最初はすごく苦しんだけれど、あるふとした瞬間に一気に成長することが普通にあります。いわば「覚醒する」みたいな感じです。変われなかった人も、どこかで腹落ちすれば急に動きが良くなったりするんです。
――会社のステージが上がることによって、求められる人材像も変わってきます。そこで一気に変われなくても対応しようと努力する人たちは見捨てないわけですね。
松岡:理解して変わろうとしてくれる人たちは大事な人たちです。もともと変化への対応に得意な人もいれば、苦手な人もいます。ただ、その方向を向いて努力する人ならば、待ってあげてもいいのではないかと思います。
――本書のテーマは「人が自ら動き出す環境をつくる」です。その環境ができている組織はまさに強い組織と言えますが、「人が自ら動き出す」とは具体的にどのような動きがあると、そういう組織になっていると言えるのでしょうか。
松岡:これはいろんな言い方ができますね。主体性を発揮すること、当事者意識を持つこと、他責にしないこと。もう少し長い言い方をすると、課題を認識して、そのために何をすることが自分の役割なのかを自分で考えて行動するようになることです。
少し前に「ティール組織」が話題になりましたが、まさにこのことなんですね。みんなそれぞれ考えて動けるから、指示命令はいらないという話なんです。ゆくゆくはそうなるのが理想ではありますが、そこに至るプロセスは必要で、1人ひとりの当事者意識が高まらないと難しいでしょう。本書はそれに必要なことを「特別付録」として書き綴りました。
――『組織変革のための人間心理を徹底的に考え抜く「源泉」となるもの』ですね。
松岡:そうです。心理学の中でもとくに経営のために知っておいたほうがよい知識から、フォロワーシップ、チェンジマネジメントなど、リアルで応用できることを書いています。
――「組織変革のゴール」はどこに置けばいいのでしょうか。
松岡:組織変革にゴールは存在しません。なぜなら、外部環境は常に変化しているからです。外部の環境に合わせながら、常に自社の理念を追い続け、コア・コンピタンスを研ぎ澄ましていく。そうするにはどうすればいいかを常に考え直していくことが重要なんです。
たとえば、コロナ禍をきっかけに、新しい実情に合わせて人事評価制度を変えてもいいんですよ。それも、目指している理念に合うものであればです。外部環境が変わるのに、制度だけ昔のまま取り残されていくことのほうが実は危ないです。会社の硬直化はそういうところから始まります。
――自ら動き出す環境を作り出すことで、そうした硬直化を防ぐこともできる。その変化の萌芽はどういうところに出てきますか?
松岡:前半でも少し述べましたが、現場の日常会話からも出ますね。たとえば、それまでは他部署に対して「こうしたほうがいいんじゃない。こうしてくださいよ」というアドバイス的なニュアンスや自分たちの責任ではないという前提で発せられていた言葉が、「こうしましょう」というように自発的に取り組もうとする語尾に変化します。
もう1つは、発言の視点が「全社視点」になります。普通は部署視点での発言が多いのですが、たとえばコロナ禍後を見据えて新しいビジネスモデルを見つけなければならない時などは典型ですが、1人ひとりが全社最適の視点で考えるようになるんです。それが現場レベルで起きてくる。部署間の壁を越えて「大変だけど会社のために一緒にやりましょう」と。こうなってくるとかなり変わってきていますね。
本書の5章では「コミュニケーションの仕組み」について触れていますが、まさに変化を促すのも、発見できるのも、そこなんです。会議のやり方一つでも変わってきますからね。
―― 1人ひとりの変化が会社全体の組織変革とつながっているわけですね。
松岡:そうなんです。
――もう1つ本書で気になった部分があります。「おわりに」のところで成果は「シナリオ力」によって決まると書かれていました。リーダーはとくにこの力が必要だと思うのですが、「シナリオ力」を高めるためにはどのようなことをすればいいと思いますか?
松岡:シナリオ力とは、ゴールまでの道筋やマイルストーンを常にイメージできるかどうかの力ですね。もちろん、シナリオ通りに進むことはまずないですから、途中で変化を余儀なくされても、すぐにまたゴールまでの新しいシナリオを考えられるかどうかということで、その力です。
――これはリーダー層に求められる力ですか?
松岡:リーダーだけではありません。自分がやるべき仕事をやり遂げるためのシナリオなので、あらゆる人に必要です。
人を巻き込まないとゴールにいけない場合には、どのタイミングで誰を巻き込むか、そしてどのように巻き込むかを、相手の気持ちを考えながら決めていきます。たとえば、人事部長や経営企画室長として会社の企業文化を変えようと考えたときに、まずはトップにその必要性をどう認識させどう巻き込むか、その下の現場マネージャーをどう巻き込むか、その一連の流れをイメージするんです。
ただ、人の気持ちを考えずに「これやってください」だけだと、相手に当事者意識が芽生えませんから、うまくいきません。いかに相手に当事者意識を持ってもらいながら巻き込んでいくか、それができるかできないかで大きく違いますね。
――本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?
松岡:まずは経営者。これはトップだけではなく、役員幹部を含めた何らかの形で会社や組織を運営している人たちと、それを目指している人たちです。そういう方々にとっては参考になるはずです。
もう1つは人事の方々ですね。人事の方々は自分の仕事の役割を狭く考えているケースが多いのですが、実は広いんですよ。会社がうまくいくための雰囲気作りや企業文化を作って強い集団にするのも人事の大事な役割です。そういう方々にも参考になることが書かれています。
――では、最後になりますが、コロナショックは多くの企業にとって、リーマンショックを超える危機となっています。この危機を乗り越えるには、どのようなところがポイントとなりますか?
松岡:1つは、抽象度を上げて言いますと、危機は社員の本気度を今一度高める時だということです。自分たちの大事にしているもの、目指しているもの。この本で言うところの「社外規範」ですね。自分たちは世の中で何を成し遂げたいのか、どんな価値を残したいのか、そのために自分たちはどんな動き方をするのかというあたりを、もう一度全員で再認識することが重要です。
では、そのためにどうすればいいのか。方法が3つあります。1つはすでに実績のある会社であれば、今までお客さんに喜ばれたこと、自分たちが成し遂げてきた価値があるはずですよね。その価値をもう一度思い出せるようにすることです。
それには社内に向けてのアピールが大事で、社内報や会議でのトップのメッセージを最大限活かしましょう。そして、どの会社でもできることではありませんが、極端なことを言えばテレビCMを使って社員に伝えるという方法もります。日産はまさにそれをやったわけです。木村拓哉さんが登場する新しいCMシリーズの最初のものでは、今まで自分たちが世の中に出してきた価値を、テレビCMという形で顧客にも社員にも思い出させていたのだと思います。そういう仕掛けも必要なんです。
2つめは「外からの声」を中に届ける工夫をすることです。顧客含めた外部からの良い評価を知ることで、自分たちの会社や仕事が社会の中で必要とされていることを再認識できるんです。存在価値があることを確信できたら頑張れますよね。自分たちが本気で取り組むべきことを、もう一回腹落ちさせることができる。
飲食店なら、お店の中で食べてもらう業態からテイクアウトに変わったかもしれないけれど、根っこは一緒。美味しいものを食べて幸せになってほしいという、その意識を再認識してもらう、というような形です。
3つめは、ヒーローづくりです。変化に対応するためには、「既存の仕事のやり方」から「新しい仕事のやり方」に変わらなければいけません。そこで新規事業などもそうですが、日常的なことでも「新しい仕事のやり方」を生み出した人にスポットライトを当てるのです。その良い動き方をしてくれた人をヒーローにすることが大事なのです。そうすると、多くの人がその人を真似て、新しいやり方を生み出すことに挑戦してくれますよね。その雰囲気作りが重要です。
この3つを前提としたうえで、さらに大事なことが2つあります。まずは、仕事を硬直化させずに新しいアイデアを1人ひとりが生み出していけないといけません。商品開発にしても、事業を変えるにしてもです。そのためには、フランクに話し合える環境が必要です。つまり、心理的安全性が保たれたうえでのブレインストーミングができる会社かどうかがすごく重要です。ブレインストーミングという言葉自体は、何年も前から浸透していますが、実際にできている会社は少ないです。
もう1つはそれぞれやると決めたとき、「自由」と「規律」をもってPDCAを回すことです。「自由」に意見を言い合える環境とともに、とにかくやらないといけない時には「規律」をもって全員が徹底的に取り組めるかどうかです。この5つがそろうと、大きな変化にも対応できると思います。
――なるほど。自分たちのすべきことを再認識し、自由と規律をもって変化に対応していく。
松岡:そうですね。リクルート事件で窮地に立たされたリクルートは、まさにそうやって危機を乗り越えていきました。社風や企業文化が違っていても、このやり方は共通すると思います。
(了)
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