海外旅行や出張、ふとした外出先で、思いがけず昔の知人にばったり、という経験はないだろうか。それだけならうれしい出会いであり、旧交を温めるきっかけになるかもしれない。しかし、もし相手が二人連れで、それが"一緒にいるはずがない二人"だったとしたら、いらぬ詮索だと知りつつも、事情を探りたくならないだろうか?
『マドンナの宝石』(ヘンリー川邉著、幻冬舎刊)は出張先の空港で偶然見かけたある夫婦の謎を追うミステリー。主人公の「私」は、浅からぬ因縁があるこの夫婦の謎を追い、学生時代の記憶をたどって当時を過ごした街へ舞い戻る。
主人公とこの夫婦は、30年前に同じ大学に通っていたOBOGだった。「私」は出張で訪れた板付空港(現・福岡空港)で二人を見かけたのだったが、厳密には、その時点では夫婦かどうかはわからない。しかし、連れだって歩く二人の所作は、まぎれもなく夫婦のそれであった。「私」は声をかけることができなかった。その二人は夫婦どころか、一緒にいるはずのない男女だったからである。
連れだって歩く女性――副島由布子――は、その突出した美貌から、学生時代「私」をはじめとする文芸部員のマドンナだった。そして、男性――乾隆一郎――は、学生時代の「私」の無二の親友であった。
由布子がある上場製薬会社の経営者一族だったことを思い出した「私」は、企業情報から隆一郎と由布子がまちがいなく夫婦であること。その結婚によって彼は副島姓となり、今ではその製薬会社の社長の座に収まっていることを知る。
驚いた「私」の頭に浮かんだのは、学生時代に起きたある殺人事件のことだった。その事件で殺害されたのは、当時由布子の婚約者と目されていた男であり、容疑者としてリストアップされていたのは隆一郎その人だった。
殺人事件の直後、由布子は隆一郎を厳しい言葉でなじり、激しく取り乱していた。結果的に不起訴になったからといって、隆一郎と結婚するはずがない。まして、事件の前から由布子は隆一郎を毛嫌いしていた...。「私」は不可解な結婚と殺人事件を繋ぐ謎を追い、調査に深入りしていく。端正な筆致が深まる謎を美しく際立たせるミステリーである。
『マドンナの宝石』には表題作の本作に加えて、友人の定年退職を祝う食事会の席上で、極上の料理とその料理人、そして行方不明になっていた料理人の妻をつなぐ点が一本の線につながる「奇跡の味」、火星に移住した新人類を苦しめる奇病との闘いを描いた「退化器官」など、多彩な短編が揃う。時間を忘れて楽しめる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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