げっ歯類の仲間で、アメリカやヨーロッパに分布し、河川や湿原に生息するビーバー。
この動物を特徴付けるものといえば、木を前歯でかじる愛らしい姿と「ダムづくり」だ。
川の真ん中に木の枝などを使って障害物をつくり、流れを封鎖し、ダムをつくる。
しかし、多くの人はビーバーという動物について、それ以上のことをあまり知らないだろう。そして、彼らの生態や秘めている可能性について、掘り下げれば掘り下げるほど、驚きを覚えるはずだ。
その可能性の一つに、「ビーバーは世界を救う存在かもしれない」というものがある。
彼らが世界を救うとは一体どういうことなのか?
どのようにして世界を救うのか?
ビーバーの素顔を照らした一冊『ビーバー: 世界を救う可愛いすぎる生物』(ベン・ゴールドファーブ著、木高恵子訳、草思社刊)からそのユニークな生態と、彼らに期待されている「使命」について紹介しよう。
ビーバーには不思議な点がある。それは哺乳類であるにも関わらず、一目見ただけではオスとメスの判別がつかないということだ。どこを探しても生殖器が見つからないのである。
実はビーバーは外生殖器を持たない。冬の終わりに繁殖期になり、ようやくオスに身体的な変化があらわれるのだが、それ以外のときは外から生殖器が見えないようになっている。
しかし、外見的な違いがないにも関わらず、私たちが雌雄を判別するのは可能だという。一体どうやって?
その答えは「匂い」だ。ビーバーの強い香りを放つ分泌物は、古くから消費されてきた歴史がある。最も有名なのが海狸香(カストリウム)で、シャネルやゲランのシャリマーなどの香水の原料として、またはヨーグルトやフルーツドリンクなどの添加物として使用されてきた。
ただ、ビーバーの匂いはそれだけではない。ビーバー同士で個体を識別し、コミュニケーションの役割を果たす匂いがある。それが、「肛門腺」から発せられる匂いだ。
ビーバーの肛門腺の匂いはオスとメスで異なり、モーターオイルの匂いがしたらオス、古いチーズの匂いがしたらメスであるという。想像をするに、自らすすんで嗅ごうとは思えない匂いだが、私たち人間の鈍感な嗅覚でさえも「五回も匂いを嗅げば、大体雌雄鑑別ができる」(生物学者ケイティ・ウェバー氏)という。
続いては、ビーバーと人間の関係だ。
北米大陸における歴史を辿ると、ビーバーに対して苛烈な態度をとり続けてきた白人入植者たちの姿が浮かび上がる。
北米の先住民たちは、ビーバーの肉や脂肪分の多い尾を食べ、毛皮をまとい、薬としてカストリウムを使ってきた。また、ある先住民はビーバーの肩甲骨を使って占いをしていた。しかし、それは「必要最低限の採取」であり、乱獲されることはなかった。
その関係を一変させたのが、ヨーロッパ人による入植である。当時、ヨーロッパは自国のビーバーを絶滅させかけていた。目的は毛皮だ。そして、北米のビーバーたちもその標的にされてしまう。本書では「根こそぎの採取」と表現されているが、毛皮のために多くのビーバーが殺戮にあい、白人と先住民による毛皮交易は西へ西へと進んでいった。
入植者たちがあらわれる前までは、北米のほとんどの川や湖にビーバーがあふれていたという。しかし、この変化によってアメリカ中からビーバーは姿を消していった。その影響は現代にも及び、カリフォルニア州では近年に至るまで「外来種」と扱われ、敵意を向けられていたほどだ。
そんな状況にまで追いやられていたビーバーだが、今、環境問題の救世主となりえる可能性が論じられているという。
現在、シエラネバダ山脈の高地に位置するカリフォルニア州のチャイルズ・メドーでは、ビーバーを使って気候変動と闘うという試みが行われている。
この高原草地は、カリフォルニア州で最も重要な生態系の一つで、州の水の60%を供給し、生物多様性の半分以上を占めている。一方で、その生態系は危機的状況に晒されているが、ビーバーはさっそくその下流でコロニーを形成、絶滅危惧種の鳥やカエルを引き寄せているという。
さらに、チャールズ・メドーのビーバーダム・アナログをつくるために、カリフォルニア州が投資する温室効果ガス削減基金から3万ドルの費用と、その影響を調査するための50万ドルの費用が負担された。
かつて「外来種」とみなされたビーバー。そんな彼らによる環境回復活動に資金が提供されているということは、人間とビーバーの関係が再び変わりつつことを示唆している。もしかしたらビーバーはカリフォルニア州の英雄になるかもしれないのだ。
では、なぜビーバーが温室効果ガス対策に一役買うかもしれないのか。
近年、地球温暖化の要因の一つとして「ウシ」が挙げられている。彼らのげっぷによって排出されるメタンガスに、二酸化炭素の約25倍の温室効果があるからだ。
メタンは炭素と水素が結びついた化合物だが、ビーバーはその元となる炭素を大気中に放出しないようにする緩和策としての役割を果たすという。森林が大気中の炭素を吸って木の中に閉じ込めるように、ビーバーの池も大気中の炭素を埋没堆積物の中に封じ込めてしまう。
地形学者のエレン・ウォールが2013年に発表した研究によれば、ロッキー山脈国立公園で活動中のビーバー複合体は、かつて260万メガグラムを越える炭素を蓄えていたという。これは、著者の計算によればアメリカの平均的な森林150万平方キロメートルに相当する量にのぼる。
このことから、著者は「気候変動と闘いたいのであれば、ビーバーを配置したほうがもっと良い状態になることは大いにあり得る」と述べている。
◇
本書は生態をはじめ、文化史、人間との共生、環境問題とのつながり、保護活動など、多岐に渡る視点からビーバーという動物を紐解いていく。
日本だとあまり馴染みのないビーバーだが、アメリカやヨーロッパにおいては、人間とのつながりの強さを感じることができるだろう。その奥深さをぜひ本書を通して知ってほしい。
(新刊JP編集部)
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