年収億超えの人気作家が本気で伝える禁断のハウツーとして評判になっているのが、本書『小説家になって億を稼ごう』(新潮新書)だ。本の売り上げが減り、出版不況が叫ばれて久しいが、「本当は小説家は儲かる」と声を大にしているのが、異色のゆえんだ。商業的な成功を肯定する姿勢について、批判があるかもしれない。しかし、物語の構築法について独特の方法を披露している。行き詰まっている作家志望の人には大いに参考になるだろう。
著者の松岡圭祐さんは、28歳でのデビュー作『催眠』(19997年、小学館)がいきなり100万部越えのベストセラーになり、その後、『千里眼』シリーズ、『探偵の探偵』シリーズなど映像化された作品も多い。
初めて年収1億円を超えた年の確定申告書を公開し、「本当は小説家は儲かる」と主張している。本書を書いた動機は、「小説家は儲からない」という風説ばかりが広まると、せっかくの才能ある人々が小説家になるのを断念し、文学全般がつまらなくなるからだ、と書いている。
構成は第I部が「小説家になろう」、第II部が「億を稼ごう」。第II部は、デビューの直後にすべきこと、編集者との付き合い方、映画化やドラマ化への対応、ベストセラー作家になってから気をつけること、などが書かれている。大方の人はデビュー前だから、第I部に絞って、内容を紹介しよう。
小説の書き方を指南する本はたくさんある。純文学、エンターテインメント、ミステリー、時代小説......。ジャンルごとに多くの作家が書いている。本書は、ジャンルは問わず、長編小説の作り方をコーチしているのが特色だ。「短編一本では出版のしようがありません。長編なら一冊の本になります。デビュー作(処女作)から印税を得る前提で進めるのです」という姿勢だ。
松岡さんは物語を作り出す方法を「想造」と呼んでいる。そして、小説づくりの肝は、執筆ではなく「想造」だとして、十分に時間をかけるように注意している。そのノウハウとは......。
まず、好きな俳優を7人選び、顔写真をネットからダウンロードする。男女比は4対3。これら俳優たちは脳内で登場人物を演じるメインキャストになる。7人の顔写真それぞれに、名前をつける。そうしたら、Wordの文書に画像を貼りつけ、その下に登場人物名を書き、身長や体重、年齢、出身地、職業など、プロフィールを設定し、書き込む。
この段階では人物同士の相関関係などは考えず、何が起こるかも予想せず、ただ好みの登場人物ばかりを作り出すことに専念する。
次に、5人、サブの登場人物を作り出す。「より現実的な小説にしたい場合は、ネットで一般人の画像を探し、自分が思い描く人物像に近い顔写真を選びだします。純文学の場合、こちらの方法が適しています」。
次に登場人物たちが動き回る舞台を設定する。風景写真を3か所、ネットからダウンロードし、12人の登場人物の下に貼り付ける。これら12人の登場人物と、3か所の風景が貼られた部屋で、それらを眺め、彼らを動きを空想する。
「決して『物語を作ろう』と力まず、貴方の脳内で登場人物たちに生命を与えてください。それぞれが自発的に動き出すのを待ち、さらにその行方を追うのです」
彼らの関係を線で結んだりしてはいけない。またメモも取ってはいけない。「ひたすら視覚的に思い浮かべた実体験風の空想物語を、脳内でどんどん進行させていきます」。
やがて物語でどうしても乗り越えられない波乱にぶつかる時がくる。1週間考えても解決不能であれば、そこが本当の「転」、物語の山場だという。ここで初めてメモを取る。
「物語のタイムラインを一気に先に進め、『転』を飛び越し、結末を思い描いてください。今直面している波乱を解決する手段そのものは考えず、ただ未来像として物語の締めくくりを空想するのです」
その結末を1行のみにまとめる。その1行上に少し前の状況、さらに少し前の状況と、時間を遡って書いていく。「転」の状況まで近づけば、やがて物語はつながるはずだ。波乱は解決されるか、もしくは解決されなかった行く末が提示されているはずだ。
松岡さんはこの方法を「逆打ちプロット」と呼んでいる。特に推理小説のストーリーを作るのに向いているという。
次にあらすじを書き、いよいよ小説の執筆にかかる。3部構成で10万字が目標だ。推敲の仕方、新人賞応募の方法など、具体的なノウハウも書いている。
人気作家が、なぜここまで懇切丁寧に手の内を明かしているのか? それは一人でも多くの才能が文学に流れてきてほしいと願っているからだろう。ゲーム、YouTube、映像......競合するジャンルの方が輝かしく、若い人の目に映る今、文字を綴るという行為は辛気臭く思えるかもしれない。あえて、「金」というわかりやすいモノサシを提示して、文学志望者をリクルートしようという著者の行為に、拍手をおくりたい。
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